「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


抱える

 

久々に一護の部屋から他人の気配が消えていたから、
夜闇にまぎれて窓枠に足をかけた。

一護はここ数日臥せっている。
すぐ治るだろうと高を括っていたら、結構長引いた。
親父さんの様子から大病ではないのはわかったが、熱が引かないみたいだ。
インフなんとかって言ってるのが聞こえたが、それがどういう病気かは俺にはわからない。
わかるのは、一護がしんどそうにしているってことだけだ。

部屋に忍び込んだ時、一護は目を覚ましていたらしい。
なにやらもぞもぞと動いていた。
それがいつもの一護らしくない鈍くさい動きで、俺は何だか少し不安になった。

「怠けてんじゃねえ、足を使え」

そんなことぐらいで動揺した自分に苛立った俺は、声を荒げてしまった。
相手は病人だというのに。

一護がゆっくりと俺の方を向いた。
顔が赤くて息が荒い。
焦点もあってなくてぼんやりとしている。
暗いせいか俺のこともよく見えていないようだし、
霊圧も感じられないのか、反応がない。
不安げな表情のまま、俺のこと、真っ直ぐ見上げてじっとしている。

侵入者の正体が不明だってのに、逃げることさえ考え付かないのか。
しっかりしやがれ、この野郎。
敵だったらどうすんだ、取って食われるぞ。

「何、ぼーっとしてやがる」

怒鳴りつけると一護はうめいて顔をしかめた。
ため息をこらえつつ、抱き起こして水を取ってやると、
一護は疑いも躊躇いもせず、ペットボトルに口をつけて飲み干した。
いくら喉が渇いていたとはいえ、無防備にも程がある。
どこの誰とも知れぬ侵入者をどこまで信用してやがる。

今なら。

どこか心の奥で声が聞こえる。

今なら消してしまえるぞ。
これ以上、掻き乱されなくて済むぞ。

そう囁くのは俺自身。
信じることができない未来、揺れて定まらない足元。
そんなものに翻弄されて不安が生まれ、腹の奥底に重なり沈んでいく。
抱えた不安は目の前の一護と重なり、暗い影となって揺れる。
切り裂き、叩き潰し、消滅させてしまいたいという欲望。

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、
水を飲み終わった一護がふうとため息をついた。
くたりともたれかかってくる。
まるっきりの子供の動作。
抱えると、いつもよりずっと軽く感じる。

「・・・体、抜けるか?」

枕元にあった代行証を一護の目の前に差し出す。

「抜けてちっとばかし休憩してもいいんじゃねえか?」

反応のない一護にイラついて、俺は更に言を重ねた。

そんな無防備な姿を晒すな。
俺に、オマエの隙をつくような機会を与えるな。
今すぐそのくたばった体を抜けて、いつものオマエに戻れ。
そうでないと、俺は。

ギリ、と歯噛みをすると、甲高く部屋中に響いた。

一護が俺を見上げてきた。
初めて焦点があう。
締まりなく半開きだった口元が引き締まり、眉間の皺がいっそう深くなった。

「ズルはまずいだろ」

それだけ言い捨てて、一護はまた目を閉じた。

一護ならそう応えるとわかっていたのかもしれない。
或いはそう応えてくれと切望していたのかもしれない。
もし霊体になっていたら、俺は躊躇いなく一護に斬りつけただろう。
無防備なまま弛みきっていたら、その首を締め上げていただろう。

でもその真っ直ぐな一言が俺を止めた。
結局、俺は自分のために一護を試したんだ。

嗤いが零れる。

そうだ。
俺が闘うのは一護じゃない。
履き違えるな、相手は俺自身。

力が抜けてぐったりとした身体は重かった。
そっと横たえると、一護の手が俺の死覇装をそっと掴んだ。
人間の一護から死神の俺に伝わるはずの無い熱を感じようと、俺は一護の額に手を当てた。
ひどく熱い気がした。




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