「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


古くは月草と称したらしい。
薄い紫の花弁は、露が乾く頃には縮んで色も形も失ってしまう。

呆気なさ過ぎる淡い夢。

 

愛でる

 

ふと気がつけば、学校へと急ぐ道端。
朝日に照らされて紫の花々が光を反射していた。
懐かしさのあまり一輪摘もうとしたら、一護がその花はダメだと言った。
すぐに萎んでしまうから、他人にやるのには向かないと。

別に誰にやるつもりもないぜ、と切り返すと、
呆けた面を一瞬見せて、何だそうか、とそっぽを向いた。
いやほら、今ルキアが来てるからよ、てっきりなんだ、などとブツブツ呟いている。
尖った唇が子供っぽさに拍車をかけている。

 

ルキア。

 

子供の頃のルキアの、細い細い指先を思い出す。

花弁を軽く揉んで擦りつけ、紫色を小さな爪にのせた。
淡く儚く色がつく。
微笑みがルキアを染めるその一瞬。

爪を、指を、その表情を愛でるのに夢中。
だから背後からの襲撃に備えていなかった。
淡い紫は、誰のとも知れぬ血の紅に塗り込められて消えた。

そんなことをしなくても、あの淡い紫は昼まで持たなかっただろうに。
真昼の陽光に照らされて、すぐに鼠色に、俺達に相応しい色に戻っただろうに。

まだまだ子供だったあの日のこと。
俺達は少しだけ成長した。
爪を染めるのも、花を愛でるのも止めた。

 

でもさ、キレイだよな、露草、と呟いた一護の声で、今に引き戻される。
照れ隠しを混ぜた笑顔ともつかないものが、横顔に浮かんでいた。

「そうか、露草というのかこの花は」

俺はそう言って花弁を一枚取り、爪に擦りつけた。
一護が不審そうに俺を見た。

薄青くなった爪は、日が昇りきるのを待たずに色を失うだろう。
そして俺は自分の色を取り戻す。

眼を上げると、何より眩しいオレンジ色が俺を照らしていた。



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