「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


噛む



よう久しぶりだな、と恋次が窓から忍び込むと、 一瞬、恋次を睨みつけた一護は、なんだテメーかと、 いつも以上にぶっきらぼうに返して、そのままゆっくりと背を向けた。

思ったより雲行きが怪しいらしい。
一ヶ月以上の音信不通の挙句のの突然の訪問だし、 わからないわけでもねえけどな、と恋次は小さくため息をついた。

椅子に座ったままの 一護の横に立ってみると、 机の上に開かれた教科書の文字は小さく、 電灯もついていない部屋では読めそうもない。
「こんなに暗くてベンキョーとかできんのかよ?」
と恋次がからかい半分に一護を横から覗き込むと、 「考え事してんだ、邪魔すんな」
と一護は教科書をにらみつけたまま、視線も合わさない。 おお怖ぇと恋次は呟いて、一護の背後に回った。 どんどん暗くなっていく部屋の中、紙をめくる音が響き始める。 薄暗闇の中、シャツに覆われた一護の背が白く浮かび上がっていて、 それが一護の怒りと拒否を表してるようで、恋次は苦笑した。

この子供は意地を張ることにかけては天下一品なので、すぐに機嫌が直るわけもない。 だからといって頭を下げて許しを乞う気は、恋次にはさらさらない。 つまり状況の進展は見込めない。

暗雲が立ち込める気配に恋次は辟易とした。 仕事の合間を縫って、やっと来れたのだ。 連絡の一本さえ入れられなかったことに罪悪感がないわけでもない。 ただ、恋次には恋次の都合がある。 住む世界も役割も何もかも違う。 それなのに一護は、自分の属する世界の論理で、 自分の都合と思い込みだけで拗ねて怒ってそれを隠しもしない。 それでいて恋次を責めることさえせず、 背を向けたまま、恋次が折れて謝ってくるのを待っている。 甘えるのもいい加減にしろと、腹が立ってきた。

けれど。
先ほど恋次を睨みつけたあの眼には、一瞬、隠し切れない喜びが垣間見えたのだ。 それを押し殺してまでのこの拒絶。

この会えなかった一ヶ月の間に、 感情に溢れたこの子供が、 一体、どれぐらいの想いを巡らせてきたのか、容易に想像はつく。
怒って、笑い飛ばして、拗ねて、塞ぎ込んで。 その結果が率直過ぎるこの背中だとすると、 何やらくすぐったくて、むずがゆくて、沈黙も何もかも違う色に見えてくる。 息をするのも苦しくなる。


耐え切れなくなった恋次は、じゃあまたな、といって窓枠に手をかけた。
が、そのとたん、
「んだよそれっ!!」
と一護が叫んで立ち上がった。 クソ忙しいんだよと恋次はぶっきらぼうに拒否し返すが、 一旦、開放された一護の感情は、恋次の様子などには構いはしない。

「忙しいなんてそんなの知ってるよ! 連絡の一本もできねえぐらいだろうからな!」
「・・・わかってんじゃねえか」
「わかんねえよっ!!」

距離を詰めた一護は、恋次を部屋に引きずり戻して、襟首を掴んだ。 一護の腕が、そのまま恋次の体に回る。

「わかるわけ、ねえよ」
と、恋次の身体に顔を押し付けたまま、一護が呟いた。

急に子供の振り、するんじゃねえと本音が零れ落ちそうになったが、 一護の肩が微かに震えているのに気がついて、 何やら堪えきれなくなって、恋次は天井を仰ぎ見た。 慰めてやりたいし、会えなかった間の自分の気持ちも伝えたくはある。
けれどそんな言葉、もちろん口になどしない。 できるわけもない。

「・・・ごめん、悪かった」

結局、口をついて出たのはお決まりの一言。
けれど、言葉に昇華しきれずに飲み下した想いを喰らって、恋次の心臓が激しく動き出し、
その胸にしがみついたままの一護に、雄弁な鼓動が伝わった。
それでようやく意地を引っ込めて顔を上げた一護に、
無自覚な恋次は、結局また謝さられちまったなあと苦笑した。

そして一護は、恋次の速い鼓動に耳を澄ましながら、
恋次のその表情と言葉を引き出した自分の狡猾さ、
そして、いつまでも消えない幼さを深く自覚し、その痛みを苦く噛み締めた。


見つかる>>

<<back