「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


隠す 2




ある種、合点がいってすっきりした俺は、胡坐をかいてた足を崩して片膝を立てた。
「さ、外、行こうぜ。せっかくの雪だ」
そしたら頭も冷えるだろ。
だが俺の提案に、一護は大きく目を見開いた。
「バカかテメー、このクソ寒ィのに!」
「阿呆。寒いから雪、降るんじゃねえか」
「んなのわかってるよ!」
「ならいいじゃねえか。行こうぜ?」
「なんだよその短絡思考! ガキかテメエは!!」
一護はムキになって怒鳴ってくる。
つかガキにガキって言われたかねえよ!
「んでだよ! 雪だぞ、しかも初雪!」
「だから何だってんだよ! さっきまでぼーっとしてたくせにいきなり雪遊びって訳わかんねえ!」
むっとした表情の一護の言葉につい笑ってしまう。
別にただ呆けてたわけじゃなかった。
自分の都合でテメエを利用しに来た挙句、うまくいかねえとウジウジとくさってたんだぜ?
不貞腐れて帰ろうとまでしてたんだぜ?
つまるところ俺は、いろんなことを巧く隠しおおせてたってなわけだ。
テメエも災難だなあ。こんな出来の悪い大人に散々振り回されて。
くつくつと笑い出した俺に、一護は本格的に怒りだした。

「何、笑ってんだよ!」
「つか外に行くって言っただけで、別に遊ぶとか一言も言ってねえけど」
「あ・・・」
「なんだ、テメエは雪遊びしてえのか?」
にやりと笑って見せると、一護の顔に朱が射す。
「相手してやろうか?」
「テ、テメエなあ・・・!!!」

さっきまでの物憂げな面差しはどこへいったやら。
真っ赤になってくるくると変わる表情をこれ以上眺めていたら、 要らぬ気が起こって手を出してしまいそうだ。
それはまずい。

「・・・・じゃ、俺、一人で行ってくるし」
と立ち上がって袴の裾をはらったら、
「待てって!」
「うおっ?!」
体がとんでもない方向にぐいと引っ張られた。
ぐらりと揺れてひっくり返る天地。
受身は当然取ったものの、ゴンと派手な音を立てて尻と背中が床を打つ。
「・・・ってえ。・・・何すんだ、テメエ!」
「悪ィ、悪ィ」
謝罪じみた言葉とは裏腹に、天井を背にした一護は笑ってる。
「・・・つかテメエ、全然、悪いとか思ってねえだろ」
俺も床にすっ転がったまま、つられて笑う。



「なんか俺さー・・・」
床に仰向けになったままの俺に一護が覆いかぶさってきた。
「一護・・・?」
「・・・今日、なんか・・」
「どうかしたのか?」
「・・・いや、何でもねえ」
「んだよ、気持ち悪ィな! 最後まで言え!」
唇を寄せてきたのを払いつつ後ろ手をついて半身を起こすと、 一緒に体を起こした至近距離の一護が、
「ちょいムカつく事があって、イライラしてたんだよ」
と顔を背けた。

「・・・そっか」
そうだったのか。
だから様子がおかしかったのか。
俺のせいかと思ってたら、テメエはテメエの事情ってのがあったんだな。
つか俺、全然、そこまで気が回らなかった。
テメエはテメエで自分のことに手一杯だったわけだしな。
なんか俺ら、お互い様にも程があるんじゃねえか?

呆れ半分のため息が大きく零れ出たついでに、先ほどの仕返しと顔を寄せようとした瞬間、
「よしっ!」
一護は突然、大声をあげてすっくと立ち上がった。
「は・・・?」
「外行こうぜ!」
「外・・・って何で・・・?」
「何ではねえだろ! テメエが行きたいっつったんじゃねえか!」

いや、この流れだと普通、コトに突入するだろ。
だが一護はいかにも晴れ晴れとした様子で、
まるで陽だまりの猫のように、うーんと気持ちよさそうに体を伸ばす。そして俺に、
「なんだよ、付き合ってくれんだろ、雪合戦」
と挑んでくる。
「・・・は? んで雪合戦なんだよ?!」
「そりゃテメエ、こんな少しの雪じゃ雪だるまとか無理だろ」
「そういう問題かよ?!」

すっかり主導権を取られた形になってむかっ腹が立った俺は、その手を払いのけた。
だが一護はやっぱりひるまない。そしてあろうことか、
「あ、つむじ」
と俺のつむじに指を立てた。

「うぉっ?! つ、つつくな!」
「つむじだ、つむじー」
「ああもう、放せって! 気持ち悪ィ!!」
「いーじゃねえか少しぐらい。つか恋次が悪いんだぜ?」
「はぁ?! ってそれ、どういう理屈だよ?!」
すると一護はさっきと同じ柔らかい表情を見せながら、
「テメエのつむじ、いっつも隠れてっからこんな風に見るの、珍しいんだよ」
と、俺の頭のてっぺんをグリグリとする。
確かに髪を下ろしてるときは大概、コトの最中で、つむじもへったくれも無えよなあ。
すっかり毒気を抜かれた俺を尻目に、一護はまたベッドに腰掛けた。

「あのな恋次」
一護は腰を屈めて、さっき自分が解いて投げ捨てた髪紐を拾った。
「んだよ」
「来てくれてありがとな」
「・・・んだそりゃ、気持ち悪ィ」
「テメエ、ほんっとに可愛げがねえな!」
一護は毒づきながらも、丁寧に俺の髪を束ねだす。
「煩え! テメーにだけは言われたかねえ・・・、つか痛ェッ!!」
「お、悪ィ悪ィ」
「つかテメエ、全然悪いとか思ってねえだろ?!」
なんだか聞いたことのある会話だなと思いながらも、促されるがまま一護に上半身を預け、もたれかかる。


会話が途切れると、雪のせいで僅かな音が際立った。
髪が梳かれるその心地よい音と揺れに眠気を覚えだした頃、
ようやく髪の始末を終えて一息ついた一護は、オラできたぞと俺の頭をペチリと叩いた。

「イテッ」
半ば眠りかけていた俺は、不覚にもびくりと体を震わせてしまった。だが、待ちかねたとばかりに
「さ、行こうぜ!」
とするりと体から抜け出し死神の姿へと化した一護は、 意気揚々と窓枠に手をかけた。
その窓の向こうには、さっきよりうんと激しさを増した雪が吹き荒れている。
「マジかよ? つか何はしゃいでんだ。本当にガキか、テメエは!」
大上段に構えて挑発してはみたが、一護は余裕たっぷりの笑みで応える。その上、
「そのとおり。だから今日は、そのガキに付き合え。な?」
と低く耳に吹き込んできて、全くの不意打ちを喰らった俺の首は真っ赤になった。
だが一護は何も言わず、さあ行こうぜと俺の手を引く。

全く、久々の大敗だ。
我ながら見事な負けっぷりだぜと半ば感嘆しつつも、なんとか皮肉げな表情にそれを隠しこむ。
そして二人で窓から抜け出せば、外は一面の雪。
光も音も吸い取って、静かに積み重なっていく。

こんな日は、人はさっさと帰途につくのだろう。
そして暖かい家で近しい者たちと共に温もりを伝え合うのだろう。
だが俺たちは雪の中に出て行く。
逆行で構わない。
所詮、人ではないのだ。
一護さえも。
そして俺たちは、全て凍てつけと荒れ狂う雪嵐の中に、今を遊べと繰り出した。


なかせる(エロ)>>

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