「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
重ねる
体を離すってのは、始めるのよりは実はずっと難しい。
きっかけをつかむのさえ億劫だというのに、
終わって初めて自覚する混ざった汗だとか、上がったままの体温だとか。
それに、コトの後でそれぞれの荒い息が、だんだんゆっくりとなって、
終いにはタイミングが重なっていくのなんかを感じると、
体が溶け合っていくような気がして、離れがたいなんてもんじゃねえ。
だから実のところ、苛ついた恋次がいつまでもどかない俺のこと、
寝てんじゃねえとかなんとか怒鳴りながら蹴飛ばしてくるのはいいキッカケで、助かってる。
でも今日はどうしたことか俺のほうが、倒れこんできた恋次の下敷き。
いつもの恋次なら、上でやった後でも、それがいくら激しかったとしても、
こんな風にいつまでも俺の上に乗っかってるってことは無い。
そのまま横に体を投げ出すか、俺を押しのけて大の字になるか、
まあ良くてせいぜい、ほんの一瞬、俺を敷布団代わりにするか。
で、しばらく休んだ後はガッと勢いつけて起き上がって、
あーめんどくせえなあとか何とかぶちぶちとこぼしながらベッドを降りて後始末をしたりするんだ。
俺も手伝いたいけど、たいていは拒否される。
後始末って言ったって、やってることは前戯と同じようなもんだし、
敏感になってる恋次の反応に煽られないわけがねえ。
つまるところ、無理やりにでも第二戦、第三戦に持ち込んでしまうわけで、
そこんとこ、特に時間なんかに余裕が無いときの恋次はすごく嫌がってる。
けど直接手伝わなくても、見てんのだって似たようなもん。
見るなと念押しされてるから余計、煽られるってのもある。
俺は布団に包まりなおして転寝しているフリをして、ベッドの上から恋次のことを盗み見る。
鍛え上げられた背中を横切る二の腕の筋肉が緊張したり、
肩甲骨がぐっと寄って墨が歪む様子とかをじっと見てる。
見えない指の動きとか、無理やり広げられてる孔とか、
少し開いて喘ぎを殺してる口元とかを想像したりもしてる。
布団を掛けられて何も見えないときだって、
ちゅっちゅっと遠慮なしに音を立てる俺の精液が掻き出される音が耳を奪う。
つまり結局のところ、やったばっかりだってのにもう、
次にやることを考えて期待して、体が疼いてたまらなかったりする。
けどいつもそんなんじゃ呆れられるし、そんながっつく自分のことだって嫌だ。
だから俺の心臓がどきどき鳴ってるのが恋次に聞こえないように、
胸の辺り、布団をきつく重ねて聞こえないようにするのが精一杯。
恋次の体の重みを感じながらそんなことを考えてたら、
また何だか心臓がどきどきしてきた気がする。
思いっきりやった後だからどうしようもない衝動とかは少し落ち着いてはいるんだけど、
恋次が
いつもみたいにすぐどかないのは、もしかしてもう一回したいのかもしれねえと、
そんなはずはないって知っているのに、
じわじわと沸きあがってくる熱と期待に、押さえが利かなくなりそうだ。
だってまだ恋次が俺の上に重なっている。
肌が合わさっている。
心臓の震えを感じる。
どれぐらいこうしているんだかわからなくなってきた。
二人分の汗も乾きだして、始める前より体が冷えてきてる。
暖かいのは肌が合わさっているところだけ。
その肌が、心臓が動くたびにほんの僅か、擦れて汗で滑って摩擦で熱を上げる。
恋次は俺にかぶさったままぐったりとしてるから、もしかして寝ちまったのかと思ったけど、
でも俺のにつられたのか、恋次のだって心臓が結構騒がしくなってる気がする。
息のほうはとっくの昔に落ち着いてしまったというのに。
二人分の
心臓と呼吸のリズム。
規則正しく、少しずつズレながら、重なり合っていく。
普段こんなに長く恋次の下で放置されることがないから、
俺はなんだかどうしていいかわからず、
激しくなる一方の鼓動とは逆に、石のように固まってしまった。
恋次の体は力が抜けてやたら重いし、
俺の喉はカラカラに渇いて、でも口の中に唾液が溜まっていく。
ここで飲み込んだら、ゴクリととんでもなく大きい音を立ててしまう。
そしたら恋次はきっと俺の上からどいてしまう。
あと、ちょっとだけ、がまんしろ、俺。
そんな俺の努力を知ってか知らずか、恋次がもぞもぞと動き出した。
俺の肩に顎を乗せるようにして布団に突っ伏していた恋次の頭がふぃっとあさっての方向を向く。
その拍子に俺の顔にかかった恋次の髪がちょっとくすぐったいけど、
でももう少しで恋次は帰ってしまう。
今日はそういう日。
だから、もうちょっとだけ、と気持ちを込めて、
その髪に埋もれたまま、恋次の肩に回していた手をぎゅっときつくした。
恋次がふぅと軽く息を吐いた。
俺のことは見もしないで、恋次の首に回していた俺の腕を逆手で取って外す。
嫌がられたのかなあと思ったけど、恋次の手は俺の肘のあたりを掴んだまま。
そして恋次は、俺の肘から手首へと、自分の腕を伸ばしざまにその大きな掌をゆっくりと滑らせた。
ベッドの端からはみ出るぐらい、大きく一緒に伸ばされた俺の手は、
恋次のと重なり合って、恋次の掌の中に収まった。
俺からは見えないけど、きっとそれは恋次の視線の先。
その眼に映るのはきっと、
力が抜けて丸まって、天井を向いた俺の手。
そしてその下には、あつらえたような恋次の掌が添えられている。
俺には見えない二人分の手。
けど、俺の手の甲に重なる恋次の掌は感じられる。
汗で湿った掌がやけに熱くて、
さっきまでの俺と恋次の体みたいに、ぴたりとくっついている。
指の先に鼓動が伝わっている。
俺のも恋次のも、きっと互いに。
「なんか貝合わせみたいだな」
と、しばらくの後に恋次が呟いた。
何のことだと、鼻先の髪に息を吹き込みながら訊くと、
「・・・古臭え遊びだよ」
と、くすぐったかったのか肩をすくめて恋次が頭を避けた。
そしてこっちを向きなおして、少しだけ上体を起こしたから、
混じり合っていた肌が、剥がれるのを惜しんでちりりと微かな音を立てる。
汗で湿った髪が、束になってばらばらと重なり落ちてきたけど、
暗闇の中ではその紅い眼も色を失くして、ただの影。
明日、朝の光でその色をまた見ることはない。
次はいつか分からない。
もう帰ってしまうのか。
けれど、帰るななど口に出来るわけも無く、
何も言えないでいる俺に恋次はニヤリと口元を歪ませ、
「ちっこい手だなあオイ。ちゃんと食ってるのか?」
と、その掌の中の俺の手をぎゅううっと掴みあげた。
「いってええええ!」
と俺は叫んで反射的に恋次を蹴り返したら、恋次がひらりとかわして体を離した。
さっきまで重なり合っていた肌の空虚を、冷たい空気が埋めていく。
俺の蹴りをかわすためにベッドから床に転がり落ちた格好になった恋次は、
裸のまま床に胡坐をかいてボリボリと乱れきった頭を掻いて、
テメーは見るなと言っていつものように背を向けた。
反射的に布団にもぐった俺は、
何で今日に限ってあんなに長くくっついていたんだろうと考え出して、
そしてやっと、
恋次がいつも俺のことを蹴ってどかすのは、
俺が自分からは離れられないってことを知っていたから、
実はキッカケを作ってくれてたんじゃねえかと思い至った。
そしてそれを知ってるってことは、たぶん恋次もこんな感情を持っているってことだ。
そっと布団から顔を出してみたら、
いつもより恋次の背中は強がりが過ぎているように見えた。
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