「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


刻み込む


もう一回だけ、と。

指の腹に触れてる耳朶の半端な感触を惜しみながら、 ほんとにいいんだなともう一回だけ確認すれば、 テメーいい加減にしろビビってんのかと不機嫌極まりないツラで即答された。
赤い眼が本気で睨みつけてきてる。

んなわけねーだろビビってんのはテメーだろと虚勢を張り、勢いに任せて指先に力を込めると、 手にしていた細い針の先が、なんともいえない手応えと共に、恋次の耳朶に沈んだ。

俺は思わず、息を呑んだ。
だけど恋次は微動だにしなかった。
俺に耳朶も何もかも任せたままで、 ぼーっと窓の外の空を見てた。
横顔が、いつにないぐらい無防備に見えて、 つい、声を掛けたくなった。
けど黙ってた。
義骸ってのもあるだろうし、
とにかく自分で開けたいって言ったピアスだし、 大体、切ったり切られたりが日常の俺たちだし、 こんな針の一本ぐらい、恋次にとってはすごく些細なことに決まってる。
つか耳ってあんまり痛くねえみたいだし、充分に冷やしたし。

俺は改めて針が刺さったままの耳朶を見つめた。

きっと無駄に派手なのを付けるんだろうな。
このナリだから確かにすげー似合うだろ。

想像の中の恋次が、いつもみたいに少し俯き加減で街頭を歩きだす。
仏頂面にしか見えないけど実は内心、かなり得意気で。
そして、その風景の中で俺は、 ガキくさく弾んだ気配に意識を委ねながら、 同じような仏頂面して恋次の少し先を歩いてる。
それはいつも通りに俺と恋次が居る、全く違和感のない景色ではあるのだけれど。



「オイ、一護。うまく行ったのか」

不審げな声にハッと顔を上げると、案の定、恋次が睨みつけてた。
しまった。手が止まってた。

「あー…、いや、まだ。」

針が貫通してない。
勢いが足りなかったみたいだ。
つか耳朶の皮って、内側からだと案外、硬い。

「悪りィ。少し痛いけど、もうちょっとガマンしろよ」
「あァ?! テメエ、何やってんだ」
「仕様がねえだろ。結構、難しいんだ」
「難しい訳ねえだろ、針一本、通すだけじゃねえか!」
「な訳ねえだろ!」
「な訳あるだろ! 刀振るのとどこが違うってんだ」
「違うに決まってんだろ、角度とかいろいろあるんだぜ!」
「角度…?」

アホ面晒すんじゃねえ。
やっぱり、何も知らねえのか?!
いくら義骸とはいえ、自分の耳だろ、”ファーストピアス”ってヤツだろ。
俺、テメーに頼まれたから、ちゃんと穴の通し方とか手当ての仕方とか、いろいろ調べたんだぞ、クソ。

「あのなあ。ただ穴を開けりゃあいいってもんじゃねえんだぜ? 位置とか角度とかあるんだ」
「う…」
「とにかくテメエは黙ってろ。じゃねえとすげえみっともねえピアスになるぞ」
「う…」

よし。
大人しくなった。
つか大人しくなり過ぎて気持ち悪い。
しゅんと項垂れて、口元もきつく結んで。
言い負かされて悔しいのは分かるが、極端にも程がある。

…ったく、コイツは。

ふうと小さくため息をつくと、
「手間ァ掛けさせちまって悪りィな」
と、全く予想外の言葉を掛けられた。
驚いて恋次の顔を見遣ると、なんだかすごく微妙な表情をしてた。

「あ…、何が?」
「いや。迷惑掛けたなと思って」
「んなこたねえよ」
「そんなに大層なことだとは思ってなかったぜ」

いや、確かに大げさに言いすぎたけど。

「別に構わねえし。つか他のヤツに頼んだんだったら絶対怒ってるし。…って何だよ、笑うな!!」

ヤバい、つい本音が、と気がついたときには既に遅く、 恋次は俺を凝視した後、笑いを爆発させた。

「ハハハッ、いや、笑うなってそれ無理!」
「んだよ! 感じ悪りィよ!」
「悪りィ悪りィ」

ちくしょ。
口先だけで謝りやがって。
それでも俺は気を取り直し、針を握る指先に集中した。

「じゃあ通すぞ。動くんじゃねえぞ」
「お、おう」

指先に力を入れると、固い感触と共に、針が耳朶を通った。
さっきまで笑い崩れてた恋次の身体が微かに強張った。
伏せられた赤褐色の睫毛も震えた。

「…痛かったか?」
「いや」

んだよ。固くなってたじゃねえか。
豹変して急に静かになったマジメな横顔見てたら、なんだか俺まで笑いそうになったけど、なんとか堪えた。

「…そっか。ならよかった。針、抜くぞ」
「オウ」
「ピアス、どこだ?」
「ピア…ス? あ、ああ、アレか。ここだ」

ゴソゴソと恋次は、ポケットから小さな紙袋を取り出した。

「へえ…、ずいぶん地味だな」

取り出したそれは、小さな赤い石が一個付いてるだけのものだった。

「地味なのか? よく分かんねえけど、義骸で闘うこともあるしな。あんまりデカいのは付けられねーだろ」
「そりゃそーだ」
「つかぶっちゃけ、義骸は官公品だから、勝手に穴とか開けたらマズいんだよ」
「だからこんな小さいのなのか! 道理で…」
「ったりめえだろ! 俺だってなあ! 好みってもんがあるんだ!」
「…知ってるよ。知りすぎるぐらい知ってるよ。どうせクソ派手なやつだろ!」
「んだとコラ!」

でもなんか筋が通らない。
好きなものが出来ないってのが大前提なら、なんでわざわざピアスなんか開けるんだろ。

「あれ?」
「どうした?」
「オマエ、どっかで落としたんだろ。一個しか入ってねえぜ?」
「落としてねえよ。元々、一個しか買ってねえし」
「へ? 何で」
「何でって…、別に深い意味はねえよ」
「じゃあ一個しか穴も開けねえのか?」
「そりゃそうだろ」
「…そっか」

なんだろ。
なんか、ちょっと残念。



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