「つかさ、恋次」
「ん…?」
「今更だけどさ。自分で開ければよかったんじゃねえのか?」

義骸なんだし、抜けてるときに開ければ痛くもなかったんじゃねえか?

「まあそうなんだけどな」
「…んだよ?」
「けどほら。義骸ってな」
「…? 義骸がどうしたんだよ」

恋次が眼を伏せた。
耳朶から針を抜くと、恋次は少し息を詰まらせた後、語気を強めて一言吐いた。

「嘘臭せぇんだよ」
「嘘…?」
「んー。なんつーかなー。人形みたいっつーか、薄皮一枚っつーか、つまるところ猿芝居っつーか」

恋次は少し笑った。
それがすごく諦めたような笑顔で、俺は反射的に叫んだ。

「んだよそれ! 恋次は恋次じゃねえか! 義骸だって恋次じゃねえか!」
「ああ、分かってるよ。つか痛てェし」
「あ…、悪りィ」

つい力を込めすぎた指先を耳朶から外すと、恋次の顔に苦笑が浮かんだ。

「確かになあ。テメーから見たらそうかもしんねえけど、やっぱ義骸って、嘘っぱちなんだよ。よく出来てりゃ出来てるほど、俺じゃねえ気がする」

そういって視線を落とした恋次はどこか遠くを見てて、 俺は、胸の中に湧き上がった幾百もの言葉のどれ一つ、口に出せなかった。
だって恋次がそんなこと考えてるなんて知らなかった。
いつだって飄々として、義骸のことだって連結悪いとか仕様がどうとか、すごく現実的なことしか喋ってなかった。
だからそんな風にズレを感じてたなんて想像もしてなかったんだ。
ましてや嘘っぱちだなんて。

見上げると、恋次はクスリと笑いを零した。
すごく穏やかな笑顔だった。
俺を宥めようとしてるようにも思えた。

多分、俺、わざと考えないようにしてたのかもしれない。
義骸だったら人間と一緒だし、死神のときは俺も死神に成れるんから、だからいつでも同じで居られるって。
でも多分、それって違ったんだ。
少なくとも恋次の側からは。
そして、恋次にしてみりゃそんな俺の勘違いなんて知ってたから、だから何にも言わなかったんだ。

「恋次…」
「だからさ。ほんとにちゃんと俺だっていう何か、証明みたいなもんが欲しかったつーか」

恋次は、針を抜いたばかりの耳朶に滲み出てた血を一滴、指先に取った。

「よく出来てるよなあ、これも。本当に血みてえだ」
「恋次」

恋次は、指先をぺロリと舐めた後、くつりと笑いを漏らした。

「なんだ、やっぱ血の味まではしねえのか」
「…恋次!」
「ぴあす、って言うんだっけ? 俺、考えたことなかったんだけどな」
「そうなのか?」

話が飛びすぎて、なんだか付いていけない。

「ああ。けどさ。義骸でも感覚はちゃんとあるんだよ。針とか通すとやっぱ、痛てェんだよ」

恋次は、俺の頬に掌を当てた。

「ならさ。その痛みだけは本物ってことじゃねえのか?」

答える間もなく、するりと腕を回され、頬も寄せられた。
触れる頬から伝わる温もりも、合わさった胸から伝わる鼓動も、恋次は生きてるんだと教えてくれてる。
けれどそれは全て偽物で、勘違いで、恋次がいうところの猿芝居なわけで。

「痛みってさ。すげえ現実的だろ? 嘘がねえよな。容赦もねえし。そういうのっていいよな」

恋次は笑った。
それは、話の内容にはそぐわないぐらい、すごく透明な笑みで、俺は胸が痛くなった。
オマエの今の身体は義骸でも、やっぱりとても温かくて、柔らかくて、気持ちよくって。
そのことは絶対、嘘じゃない。
痛みだけじゃないんだ。

「恋次、俺は…」
「ほんとはさ。義骸とか唯のモノだし、官公品だしさ。俺じゃねえってのも別にどうでもいいんだよ」
「うん…」
「でもさー」

恋次が俺を見た。
酷く優しげな色で、俺は少しどぎまぎした。

「でもテメエはすげえ、大事にしてくれるじゃねえか。義骸も」
「ったりめえだろ」

つい意気込んでしまったら、恋次はハハっと軽く笑った。

「うん。そりゃ分かってる。だからさ…。だから痛みだけでも、この義骸に刻み付けて共有しておこうかって」
「恋次…」
「だからテメーに開けて欲しかったんだよ。自分で開けるんじゃなくて」
「恋次…!!」
「意味、分かるよな?」

答える代わりに思いっきり力を込めてぎゅぎゅっと抱き締めると、恋次の身体が軽く震えた。
俺も、ちゃんと俺の気持ち、伝えたい。

「…あのな、恋次。俺、」
「つかテメエだろ、この義骸ごといっつも俺のこと痛い目に合わしてるやつは。なら、針通すぐらい責任範囲だろ」
「え…?」
「気に入ってんだろ、この義骸?」
「ああ…そりゃもちろん…、つか、え…? えええ?!」

テメエ、”痛い目”、”気に入ってる”ってもしかして、そういう意味で言ってんのかよ?!
あまりにも挑発的な笑顔に、やっと意味するところを理解し、顔に火が上らせたときにはもう遅かった。
恋次は既に、俺をからかうモードに入ってやがった。

「…!」

クソ…!!!
目が笑いすぎてるぜ、全部、冗談だったのかよ?!
少しは本当のことを言いやがれ、
真剣に受け止めた俺がバカだったぜ、チクショウ…ッ!

「こんの…クソ恋次…っ! つか痛てェだけじゃねーだろ!」

ムカついて、恋次の身体を引き剥がそうとした。
けどその途端、恋次は俺のことを抱き締めた。

「一護」
「って、れ、恋次…ッ?!」
「一護」
「…?!」
「一護」
「オイ、恋次! 何だよ、急に!」
「んでもねえよ」
「嘘つけ!」
「ついてねえよ。嘘ばっかじゃねえんだ」
「恋次…」
「嘘ばっかじゃ、ねえんだ」
「…うん」

うん。
分かってる。
俺には分かってるから。

「なあ、恋次」

抱き締めた指先に力を込めて、俺は恋次の肩先に顎を埋めた。
死神同士のときと全然変わらない安心感が染み渡る。

「俺もさ…。俺も、ピアス、開けようかな」
「阿呆かテメエは。大人しく学生やってろ、背伸びすんじゃねえ」

んだよ。
急に大人面、してんじゃねえよ。

「それをテメエが言うのか? 学生のときから眉毛が急成長したって聞いたぞ」
「う…、ルキアに聞いたのか」
「ならピアスなんて可愛いもんじゃねえか! よし、絶対俺もする!」
「オマエなあ…」
「…んだよ」

恋次が俺を引き離し、眼を見据えてきた。

「現実を見ろ。俺が突然、ピアス開けて、テメエも開ける。他の奴らの目にどう映るか、分かるか?」
「う…」
「つか大体、お揃いってガラかよ、テメーと俺がよ? うひー。気色悪りィにも程があるぜ」
「…んだと?!」

だが反論の仕様もない。
クソッタレ。

「…ったく、クソ恋次め。ああいえばこう言う、こう言えばああ言う。口の減らねえヤロウだぜ」
「テメーにゃ言われたかねえよ」
「俺だってテメーにだけは言われたかねえよ!」
「つかピアス、忘れてんじゃねーだろうな?」
「あ…、そうだった。ちょっと待て」

そういや片耳ピアス、右だけだと何か意味があったんじゃねえかな、と思いつつ、耳朶に指先を伸ばした。

「ヤベ…」
「どうした、一護」
「穴、塞がっちまった。もう一回、針、通すから」
「んだと?!」
「仕様がねーだろ! 血が固まっちまったんだから!」
「クソ、こういうとこだけキッチリ作り込みやがって、技術局のヘンタイ共が…」
「煩せェ、黙れ、じっとしてろ。オラ、今度は一気に行くぞ」

改めて手にした耳朶はすっかり温まってる。
これじゃ痛いだろう。
でも恋次は、痛みはいいもんだって言った。
俺、言いたいことはよく分かるんだ。
多分、似たような感覚を持ってるから。
心が死んでる時でも痛みだけは分け隔てなく、容赦なく訪れてくれたから。
なら、このまま。

「いいか?」
「いてッ…!…テメエ、今度はずいぶんぞんざいじゃねえか! 角度だの何だのはどうでもいいのかよ?!」
「ちゃんとやってます! オラ、針抜いたら次、ピアス行くぞ」
「うぉッ…! クソ、テメエ、もうちょっと丁寧にだな!」
「うっせえ。ほら、一丁上がり」
「んだよそれ!」
「いいじゃねえかよ、出来たんだからよ! ホラ、鏡!」

ごちゃごちゃ煩いのを鏡の前に突き出したら、
「おおおー」
と恋次は食い入るように鏡に見入った。
そしてため息を漏らした。

「んだよ。気に入らねえのかよ」
「いや、そうじゃなくてよー」
「んだよ」
「やっぱ地味すぎる…」
「テメエって野郎は…。つか、いいじゃねえかよ。それはそれで似合うぜ?」
「嘘だ…」

やっぱり止めりゃ良かったと項垂れた恋次に、俺もガクリと来た。

んだよ、そのダメージの深さ。
ピアスなんて本当はどうでもいいんじゃなかったのかよ?
ったく、コイツは。

「じゃあさ、恋次」
「んだよ」
「上に許可、もらって堂々とピアスしろよ。テメーに似合うようなの、探しといてやるからさ」
「俺に似合う…」

恋次の目がキラリと光った。
単純バカめ。

「卒業したら、俺もするからさ」
「は…?! マジかよ」
「オウ。それだけ時間空けりゃあ大丈夫だろ。つかコッチじゃピアスなんて普通だし」

普通ってのは言い過ぎかもしんねえけど、別に特別ってわけでもねえ。
嘘はついてないはず。

「へー。そうなのか?」
「ああ。だからそれまで待ってろよ。な?」
「ずいぶん先の長げェ話だなオイ」

恋次は呆れたように文句を垂れたけど、どこか嬉しげに見えた。
それに少しだけ機嫌も回復したようにも感じたから、まずは小さくて目立たなくても派手な、恋次好みのピアスを探しに行こうと思った。


→抱き上げる



「一護」だからピアスも一つだけという、非常に分かりにくいオッサンの純情を書きたくて撃沈。 右の耳だけならゲイの印という説もあるので恋次(と一護)、ピーンチ!
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