「イテッ」
「オイ、大丈夫か一護。つかコレ、本当に直るのか? なんかスゲー大変そうじゃねえか」
「いや、そうでもねえ!」
「ほんとか? 悪りィな」

…ちくしょ。
俺、カッコ悪りィ。
こういうのはサッと済ませてしまいてーのに。

「いや、だからホントは簡単なんだって。ただオイルで手が滑ってやりにくいだけだ」
「あー…、今日は暑いからな」
「ま、そういうことだ」
「じゃあ俺はここ、持っとくから、テメーはそっちを固定しろ」
「んだよ、手ェ出すんじゃねえ!」
「あァ?! 手助けしてやろうってんじゃねーかよ!」
「っせえ! ジャマなんだよ!」
「んだと?!」

俺は正論過ぎる恋次の反論を無視した。
だって本当は気温が高いぐらいでこんなにヘタクソになるわけがない。
恋次があんまり熱心に見てるから、手がうまく動かねーんだ、きっと。

─── テメーのせいだろ、バカ恋次!

少し恨み混じりに恋次を見遣ると、

「…んだよ?」

ちょうど俺の方を振り向いた恋次と眼が合った。
半眼に細められたその眼つきが不穏なせいか、ヤケに夜に見せる表情を思い出させた。
慌てた俺は慌てて目を逸らした。

「…んでもねーよ!」
「何だよソレ! 何、逆切れしてんだよ?」
「っせえ! つかテメーも男だったらコレぐらいできるようになれよ!」

しまった、言い過ぎたと思ったときは既に遅く、案の定、ムッとした恋次は、
「っせーよ!」
と俺を睨みつけてきた。
その視線のキツさに、そうだった、そういやコイツは昔の人間だから、「男だから」とかそういう台詞に過剰反応するんだったと思い至った。
つか俺も恋次ごときに「男だろ」とか言われたかねえ!
それにチャリが無い尸魂界から来てる恋次が、メンテとかできるわけもねえ。
クソ、何言ってんだ俺!
どうやってフォローすればいい?

だが慌てる俺を他所に、恋次は急にニヤっとした。
で、
「テメーも男なんだろ。だったら墨ぐらい入れろ」
と黒く染まった指先を近づけてきた。

「う…おッ?! 止めろ、何すんだッ」
「いーじゃねーか、オトコマエにしてやろってんだろ」
「男前?! テメーがか?! 冗談もホドホドにって…、うわ、マジで止めろ---ッ!!!」

だが俺の叫びも虚しく、恋次の指先はベットリと俺の額を走った。
ぷんと油染みた錆びくさい臭いがする。

「テ、テメエ…」
「似合うじゃねーか!」
「んだとッ?!」

額を拭おうとすると、飛びずさっていた恋次が一瞬で目前に立ち、俺の両手首を捉えた。

「いーじゃねーかよ。その方がよっぽどオトコマエだぜ?」
「…まさかテメー…!!!」

よりによって恋次の額の墨と同じ模様を描かれたかと睨みつけると、恋次は得意げに、ふふんと鼻の下を擦った。
オイルの黒い線が、今度は恋次の鼻の下を走る。

「…ぶ…ッ」
「んだよ?!」
「んでもねーよ」

教えてやるもんか。
そのツラとその色で口ひげって、似合わなさ過ぎだろ?
後で写真でも撮って、ルキアに送ってやろ。

俺は、何とか冷静を装いながら、話題を逸らしにかかった。

「つかよ、恋次。わざわざチャリで何、買ってきたんだよ?」
「…あ? 何でもいいだろ?」
「よかぁねえよ。コレか。よし、出せ!」
「うおっ、止めろッ」
「って、コレ…」

恋次の制服の後ろポケットに入ってた紙袋を無理やり奪い取ると、中には食べかけの鯛焼きが入ってた。

「鯛焼き…。やっぱり」
「んだよソレ!」
「フツー分かんだろ、あのツラ見たら。つか何で半分しか食ってねーんだよ」
「ったりめーだろ! それ、鯛焼きじゃねえ!」
「…? って立派な鯛焼きじゃねーか。尻尾しか残ってねえけど」
「いや、違う! 鯛焼きってのはなあ、こう、もっと甘いもんでなあ…ッ」

恋次の必死さに、よくよく鯛焼きを見てみると、断面からはみ出てるのは餡子じゃなかった。

「あれ? これ、何入ってんだ?」
「知るかッ!!」

オイ、いい年して鯛焼きで涙目になってんじゃねーぞ。

「あ、もしかして進化した鯛焼きってやつじゃね?
 中身が餡子だけじゃなくていろいろ違うやつ、リゾットとかが入ってるヤツ」
「りぞっと?! なんだそりゃあ!!」
「あー…、イタリア風のおかゆ?」
「おかゆ?!」

おおう。
恋次、激昂。
頭のてっぺんから湯気が上がったかと思った。

「鯛に米詰めてどうしろっつーんだッ?!」

つか鯛に餡子詰めるっていう発想もどうかって思うけどな。
それに鯛焼きでここまで怒り狂えるヤツも珍しいよなー。
普通、珍しいとかでありがたく食べるもんらしいぜ?
まあ、テメエの甘党と頭の固さ具合じゃ理解できないわけじゃねえけど。

俺は改めて恋次を眺めた。

絶対、学生とはいえない風貌に、高校の制服をつけて、もちろん入墨だらけで、しかもさっきのオイルのせいで口ひげまでできてる。
全く、何の仮装だ?
しかも事の発端は鯛焼き。

「…ぶッ…」
「んだよ、何笑ってやがる、このクソ一護ッ!!」
「いや、悪りィ、悪りィ」
「クソ、テメエが素直に謝る時はロクなもんじゃねえ!」
「そりゃーそのまま返す」
「んだとッ!!」

いつまでも終わらない言い争いに疲れたのか、恋次はガクリと肩を落とした。
そして笑い続ける俺を不審げに眺めながら、しばらくは白黒させていた赤い瞳をプイと逸らしてしまった。
だから俺はさらに笑った。
だがその数十分後、呆れかえった夏梨に指摘されて顔を洗った俺たちは、それぞれ真っ黒なオイルを拭き去った跡、つまり白抜きになったしまったヒゲと額の入墨マユゲげの日焼け跡に、初夏の日差しの強さをすっかり失念しきってたことを思い知らされたのだった。



→邪魔する

恋人同士というよりはむしろおとーさんな一護とデッカい息子な恋次
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