「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
避ける
すい、と触れた肘を引かれた。
それがあまりに反射的で自然な動作だったので、
電車に揺られたフリをしてもう一回、
半袖の下、剥き出しの二の腕で恋次の肘に触ってみた。
するとやっぱり腕が離される。
「・・・なんなんだよ」
確かにクソ暑いし、冷房も効いてねえ。
汗びっしょりで気持ち悪ィかもしんねえよ。
でもそんなにアカラサマに避けること、ねえだろ!
だったら。
一護はわざと恋次に近づく。
電車の空き具合を考えると不自然なぐらい近づいて、
挑戦するように肘と腕をくっつけた。
対する恋次は不機嫌そうに一護を睨んで、窓際へと大きく一歩移動した。
付かず離れずの微妙な空間。
合わない視線の先で吊革も吊広告も揺れて、
窓から差し込む光を反射してキラキラと光る。
ガタゴトと規則さを装った不規則さで電車が揺れ、
窓の外、見慣れた景色が過ぎていく。
窓際の紅い髪が光を反射して眩しいから、一護は思わず手を翳そうとした。
だが先ほど拒否されたばかりの手は、勝手に恋次の腕へと伸びた。
「・・・恋次」
「ほら次だろ、降りんの」
掴もうとした瞬間、電車が急に減速して大きく揺れ、
恋次の腕が一護の手をすり抜けた。
僅かに触れた指先に、汗で湿った肌の感触だけが残る。
プラットフォームに降り立つと、
照りつける日差しとコンクリートの照り返しで、全身の皮膚がチリチリと痛む。
日差しが一番強いのは、真夏ではなくて初夏の今。
来年の今頃はやはり空梅雨だったりするのだろうか。
こうやって一緒に呑気に電車に乗ったりすることがあるのか。
汗ばんだ肌から水分が蒸発するが、それ以上の速度で汗が滲み出てくるのを感じる。
手を翳して中天の太陽を見上げたまま、動こうとしない一護に恋次は声をかけようとした。
色素の薄い髪は、強烈な日差しにますます色を失い、まるで光そのもののように輝いている。
汗で湿って皮膚に張り付いた白いシャツが、どこか細い線を残した体の輪郭を際立たせていた。
そうやって立っていると、一見ただの高校生。
内に潜んでいるのはヒトとして有りえないほどの力だというのに。
少年と呼べないほどの経験を積んでいるというのに。
外側からは何も見えない。
ましてやこんなに強い光に照らされていては、中を覗こうとする気さえ起らない。
「・・・んだよ、何じろじろ見てんだよ。行こうぜ!」
恋次の視線に気がついた一護は一気に捲し立て、
照れてでもいるのか、あるいは触れるのを諦めたのか、
視線を合わせずに恋次の横をすり抜けようとした。
恋次は、思わず一護の二の腕を掴んだ。
互いに少し驚いた視線がかち合った。
空梅雨とはいえ湿気を含んだ空気は重く、
汗と混じって薄布のように水の膜となり、体の表面を覆っている。
だから触れた瞬間、ヒヤリと互いの汗が熱を奪うけど、
一瞬の後には体温の橋渡しを始めるのだ。
そして触れ合う皮膚は密に絡まり溶けて境を失くす。
一護が含みのある視線で恋次を見上げてくる。
だから避けていたのに、と恋次は一人ごちる。
ただでさえ現世の夏の服は薄い上に露出部分が多いのだ。
不意に触れる肌に一々過剰反応してしまってはやりきれない。
ましてや相手は思春期真っ只中の子供。
自制が効くはずがない。
だがそう考えること事態が既に囚われている証なのだと、
意識しすぎて避けるというその行為自体で誘惑しているのは己自身なのだと、
恋次は気がつかずにいた。
恋次の無意識の誘いに乗った一護は、叩きつけるような日差しの下、
睫毛が作る影に不安定に表情を変える紅い虹彩を見つめていた。
手当てする>>
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