「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
触る
日は高いというのに、うつらうつらと睡眠と覚醒の間を行ったり来たり。
眠っている夢を見たり、起き出した夢をみたり。
こんなときはさっさと眼を覚ますに限るんだが、
酷使しすぎた手足は鉛でできたように重すぎて動かすことも叶わない。
回復途中だから休みがいるんだろうなどと、他人事のように推測してみたり。
びくともしない瞼を動かすことは諦めて、その裏にはじける色を愉しむことにした。
陽の光を透かして映るのは赤い血の色。
白金の粒、光の欠片が駆け巡る。
緑の線は赤の逆色、描かれた軌跡。
輪郭もなくただ色だけで薄ぼんやりと構成される世界は、何の主張もなくただそこに在るだけ。
それに意味を見出すのは己の心の曖昧さ。
昨夜までの戦闘で、幾人もの部下を失った。手負いのものも多数。
奴らの力がなかったといえばそれまでだし、それを見切れなかった俺のせいとも言えるし。
大体のところ、こちらの予測どおりにモノゴトは運ぶものではないと、分かってはいる。
戦闘の中ではそれなりに冷静に判断を下せても、
抜けてみれば反省と言う名の後悔にふけるのはいつものこと。
感情の波は打ち寄せ続ける。
歯がゆくて悔しくて、何もかもを打ち壊したくなる。
掻き毟って血が流れ落ちて、それでも許せない。
死にゆく死神たちの顔が瞼の裏に張り付いたまま。
若いのも、年老いたのも、同世代のものも。
色の洪水の中、苦悶と驚愕に塗れて、引きつっている。
一閃する虚の白と、飛び散る血の赤と、佇む周囲の森の緑に空の闇。
或いは光を弾く血肉の色と照らしつける太陽、抜けるような青空。
美しい色で構成されて、だからこそ余りに凄惨なその状況。
匂いもが甦る。吐き気がする。
「ようっ、コテンパンにやられたんだって?」
迷走に似た静寂をぶち破ったのは、ここに居るはずもないガキの喚き声。
「・・・なんでテメーがこっちに来てる」
「来ちゃわりぃかよ?」
「ああ、ウゼぇからな」
ふうっと小さなため息が聞こえた。
いつもなら間髪入れず憎まれ口を叩くくせに。
「珍しいじゃねえかよ、そんなに包帯でぐるぐる巻きにされてよ」
「ったりめーだ。いつもこんなんで堪るか」
「つかかなり元気じゃねーかよ。さっさと治してもらえねーのかよ、四番隊によ」
「・・・ダメだってよ、治るとまた闘いに戻っちまうからってよ」
「ってことはまだ続いてんのか」
「ああ。まあそろそろ終わるはずだけどな」
「そっか。じゃあ手伝いってわけにもいかねえか」
他の隊も投入されたことだし、
部下の醜態に静かに怒りながらも、隊長だって直接参加してるに違いない。
「つかテメーが行っても邪魔になるだけだろ」
「んだと?!」
挑発はするけど、相手はしない。会話を続ける気もない。
カチカチカチと部屋の時計の音がなる。
規則正しすぎてヘドが出そうだ。
この一秒一秒の間に、どれぐらいの命が散っていっていることか。
全く。
やってらんねえぜ。
「・・・なあ。その眼、大丈夫なのかよ」
「ああ、ちょっと光でやられただけだ。何日かすれば見えるようになるってよ」
「そうか」
ほうっと先刻とは違う種類のため息が一護の口から漏れた。
「・・・痛いのか?」
「いや、別に。何だか色んな色が見えるし、真っ暗ってわけでもねえ」
一護の指がそっと包帯の上、俺の瞼の辺りを撫でる。
その指を通して、何か見えるような気がする。
混濁する色の洪水を押しのけて、酷く輝く太陽の色。
闘う俺たちを見下ろして、無機質に輝くあの光。
生も死もなく、ただ平坦に照らしつける。
その指をとどけようとすると、逆に手を取られ、そのまま一護の頬に押し付けられた。
少し震えてる気がするから、これだからお子様は、と正直うざったい。
命のやり取りが日常なのに、自分のほうがヤバイってのに、
こんな風に感情を押し付けられると重苦しくて堪らない。
押しのけるのも面倒なぐらい、嫌になる。
そんな俺の心も知らず、一護が頬を擦り付けてくる。
相変らずの開けっぴろげな感情表現に、改めてうんざりする。
すると予測していなかったザラリという手触り。
これはたぶん、生え始めたばかりのヒゲ。
手は捉まれたまま一護の顎の先を撫でて確かめていると、やっと気がついた一護が、
「・・・んだよ、俺にヒゲあっちゃあおかしいかよっ」
と、俺の手を振り払った。
「別におかしかねえよ、けどテメーもヒゲとかあったんだな」
「悪かったなっ。どうせ遅えよ、放っとけチクショウめ」
改めて頬に触れると、熱くなっている。
たぶん顔を真っ赤にしてるんだろう。
頭を掴んで引き寄せ頬を合わせてみると、まだ柔らかい産毛のようなヒゲ。