「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)

目を瞑る



やっとのことで辿り着いた一護の部屋は、まだ夜も更けたばかりというのに真っ暗。
おそらく家族の団欒ってヤツをやってるんだろう。
階下の窓の明かりを忙しく影が横切り、
締め切った窓を通してにぎやかな声も漏れ出ている。

これじゃあ一護が部屋に戻ってくるのは当分先。
また屋根の上で待つかと、夜空に浮かぶ月を見遣ってはみた。
けれど、脅かしてやるのもまた一興。
部屋に戻って 俺を見つけた途端に、驚いたり怒ったり拗ねたり照れたり、
忙しく移り変わるであろうその表情を思い浮かべると、口元が緩むのを抑えきれない。
だから俺は丁寧に霊圧を消し去って、少し開いたままの窓に手をかけた。

部屋に忍び込むと、 部屋に満ちているのは一護の気配。
適当な湿気と適当な広さの、四角く閉じた空間。
仄暗さも相まって、まるで秘密基地のようで、
ここ数日、強張っていた身体がほぐれていくのを感じる。
ここならよく眠れそうだ。
じゃあ遠慮なくと、誰に聞かせるともなく呟いて、
死覇装のままベッドに座ると、ギシっと響く金属音。
その音に押されるように横になると、常の一護の匂いではなく、
干したばかりなんだろう、太陽の香りが布団から立ち上った。
ふわりと顔の皮膚を押し返す布団はまだぬくもりも残している。
あまりの気持ちよさに、少し仮眠を取ろうと陽だまりの猫のように丸まって、
埃っぽく暖かい香りに包まれて目を瞑った。

すると閉じた瞼の下に、一護の姿が浮かぶ。
人間としてだけの時間を過ごしていた一護の姿が。

干したばかりの布団に包まって、家族とじゃれていたであろう子供の一護。
母親を亡くした後は、小さな手で布団を干していたかもしれない。
今はあの小さな妹たちがやっているのだろうか。
一護のことだ。
文句を言うふりをして、手伝っているんだろう。
任せてもらえない妹たちは、ふくれっつらで文句を言い返すんだろう。

ではこの温もりは、一護のものだ。
俺のじゃない。


重いまぶたをこじ開けて、天井を睨んだのは一瞬。
すぐに窓から飛び出して、夜の空気に身を戻した。
どうしようもない空虚を感じたけれど、それは常のこと。
構いはしない。
喩えようもない安堵が俺を包んでくれる。
だから辛くはない。
ただ、この身を浸し損ねた太陽の香りを想うと、
現世の夜の大気はやはり、少し冷たすぎる気がした。




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