「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
見抜く
唖然、ってえのはこういうことを言うんだろうと身をもって知ったのは、
夕飯後に虚退治に借り出され、挙句に数だけはやたら多かった小物に振り回されて、
クソ夜中になってやっと始末が終わったとき。
やるべきことをやったんだけど、なんだか全然、充実感とかそういうのがなくて、
間違ってはいないはずなのに、弱いもの苛めしたみたいな奇妙な後味の悪さが残ってた。
そういや空中戦がメインだったのに、空とか全然、見てなかったから、
そのせいかもしれないなあと、空のうんと高いところに上ってみた。
けれど初夏の夜の空気は思ったより生ぬるい。
風も感じない、身体の境もぼんやりしてる。
見上げれば遥か彼方に満天の星。
足元を見下ろせば、一面に広がる闇にぽつぽつと街灯が賽の目を描いてる。
なんだか、ずいぶん遠くまで来ちまったのかもなあと思った。
そして、なんとなくのろのろと家に向かった。
辿りついてみると、近所のも、家のも、窓はどこも真っ暗だった。
あったりまえだ、夜中って言うより朝に近い。
俺の身体に入れといたコンもいい加減、寝てんだろ。
遅くなっちまったなあ、
明日も早いし宿題も予習もしてねえとはっきりしない気分のまま、
部屋に入ろうとガラス窓の枠に手をかけた。
すると街灯が反射してるガラス窓の向こう側、つまり俺の部屋の中。
ベッドの上、布団から飛び出た頭が二つ見える。
疲れすぎか、見間違いか、それともコンのバカは妹たちに添い寝されてるのか、
まさか女とか連れ込んだんじゃねえだろうなとゴシゴシ目をこすってもみたが、
そんなものより何より確かに感じられるのは、二つの霊圧。
ひとつはコン。
そしてもうひとつは恋次。
間違えるわけもない。
・・・
何やってんだテメーら!!!
あまりのことに、もやもやと頭ん中を覆ってた憂鬱が一気に吹っ飛んで目が覚めた。
ガラッと勢いよくガラス窓を開けると、目が覚めてたらしいコンが、
金魚みたいに口をパクパクさせて、何かを必死で訴えてる。
声を出さねえとわからねえっつうの!!
つかテメー、なんで恋次に腕枕してもらって寝てんだよ!!!!!
とにかくそこをどけ!
恋次もぐーすか寝てないで少しは反応しろ!
つか恋次、テメー、その肩!
暗闇の中だけど、馴染んだ刺青の文様が微かに見えてる。
ってことは裸なのか?!
ぐるぐるととんでもねー想像が頭の中を駆け巡る。
・・・でも。でもだ!
今までのアレコレからしても、
間違っても、コンと恋次がどうこうとか、あ・り・え・ね・え。
それにこんなことで焦りまくって、コンなんかに嫉妬してるとか思われるのもシャク過ぎる。
だから俺は、とにかく落ち着け俺、と大きく息をついて、
ベッド脇に立ち、
ポーカーフェイスを崩さないように気をつけて、
「何やってんだテメー。趣旨替えか?」
とコンを脅した。もちろん恋次を起こさないようにひそひそ声で。
そしたらコンは、
「んな訳ねえだろっ!!! 俺様の神聖な淫夢が始まった途端、この面白眉毛がだなあ・・・!」
と、ひそひそ声で叫び返した。
・・・やっぱりそういうことか。
コンは巨乳好きだし、恋次のことは怖がってる。
恋次はそんなコンをいつもからかって遊んでる。
ってことは、コンが寝てる布団に恋次が突然もぐりこんできて、
コンはそれに逆らえなかったとか、そういう筋書きに違いねえ。
「あー、わかったから! とにかく俺は寝る。入れ替わろうぜ」
と布団から出るように促した。するとコンが、
「出れるんだったらとっくに出てる!!!
けど足が絡みついてて布団から出れねえ!
何で俺様がパンツ一枚のヤロウに抱きつかれなきゃなんねえんだよっ、わかんねえよっ、どうにかしてくれよっ、この地獄!!!」
と半泣きで訴えた。
ぶちっ。
頭の奥で何かが切れた音がした。
そりゃあもう盛大に。
俺は黙って代行証を取り出し、
何か言おうとしてる泣きっ面のコンの額に叩き付けた。
「・・・・ったくよ・・・・」
義魂丸のまま、コンを引き出しに放り込んだら、コツンと乾いた音。
今、ぬいぐるみに戻したら、どんな騒ぎになるか知れねしな。
「今日はそこで寝ろ」
と呟いて引き出しを閉め、俺はベッド脇に戻った。
見下ろすと、間抜け面のまま凍りついた俺の空っぽの身体の横には、
俺に腕枕して呑気に眠ったままの恋次の横顔。
半開きの口から、すーかすーかと気持ちよさそうな息が漏れてる。
何、考えてたんだ、このバカ。
コンのユルい顔つきとか霊圧とかで俺じゃねえって分かってたはずだろ?
中身が俺じゃなくてもいいとか、そういうことなのか?
つか本当はコンに興味があるのか?
ぐるぐるとどうでもいい考えが迷走しだしたけど、とにもかくにも疲労困憊。
もう何にも考えたくねえ。
俺は、するりと自分の身体に滑り込んだ。
「・・・イテッ」
身体に戻ってみると、
額にぴりりと走る痛み。
指で擦ってみたら、血でぬるりとする。
さっき、コンを取り出すときに代行証を叩きつけたからか。
俺も相当、カリカリしてんな。
ったく。ガキじゃねえんだからよ、と我に返れば、
太すぎる腕を枕にしてるせいで、首はコリコリにこっている。
しかも足まで、恋次のクソ重い足に挟まれて痺れてる。
それに体中が硬直してて、強張りまくり。
コンのバカ、マジでびびって動けなかったんだな。
・・・これじゃあ何もあるわけ、ねえか。
つか最初っからそんな可能性ねえしな。
恋次の間抜けで平和な寝顔を見てたらなんだか、
コンの緊張ぶりも俺の慌てぶりも空回りすぎて、おかしくなって笑いが漏れた。
にしても、だ。
恋次、何でそんなコチコチのコン入り俺と寝てたんだ?
コンをからかってたのか?
にしても、押入れから客用の布団を出すなりすればよかったのに。
こんな狭い布団でぎゅうぎゅうで寝るよりは、そのほうがゆっくりと眠れただろうに。
けど、至近距離で恋次の顔を覗き込んでみると、暗闇の中でもはっきりと目の下に隈。
何の余裕もないぐらい、
相当、疲れてたのかもな。
それこそ、コンと俺の区別もつかないぐらい。
寝心地の悪さに、少し身体をもぞもぞと動かしたら、
柔らかく温もった布団の下から、俺と恋次のが混ざった匂いの空気が流れてきた。
触れる手足も温かい。
そしたら、なんかわけもなくほっとした。
体中に染み渡る温もりに、夜風で冷え切っていた身体も心も緩んでいくのを感じた。
イライラと尖っていた気持ちも溶けていった。
そして突然、何で恋次がコンの布団に入ってきたのが分かった気がした。
だって、こうやって直に触れると安心する。
ガチガチに緊張してたコンには悪いけど、こんなとき、中身はあんまり関係ねえ。
肌が触れて温めあって、そんなんだからよく眠れるんだ。
赤ん坊みたいだけど、恋次だって、きっとそうなんだ。
なんだかこれだったらよく眠れそうだ。
恋次の足の重みで痺れてた足を抜き取って、腕枕も外し、
いつものように恋次の脇の下のところに丸まって本格的に眠る体勢に入った。
すると頭の上で「お疲れ、おやすみ」という囁き声が聞こえて、返事する間もなく頭を抱きこまれた。
もしかしてコイツ、ずっと起きてたんじゃねえか?!
狸寝入りか? クソ!
それをこのタイミングでバラすってことは、きっと俺の中のごちゃごちゃを見抜いてやがったんだな、畜生。
でもなあ、恋次。
テメーだって、ちゃんと俺に見抜かれてんだぜ?
だから俺は、恋次の胸を押し返してずり上がり、
「恋次もお疲れ、ただいま」と唇にキスをした。
すると恋次は眼を閉じたまま、「今日はえらく素直じゃねえか」と薄く満足げに笑った。
突き放す>>
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