「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


みせる



「どうした?」

恋次が振り向いたので、指を振ってみせた。

「なんでもねえ。指、切っちまっただけ」

人差し指の腹に細く赤い筋。
千切ろうとした草の端で、逆に切ってしまった。

「見せてみろ」

こんな傷ともいえない傷。
差し出すのを躊躇ってるうちに、恋次が力任せに俺の指を取った。

「あー、結構深いな」

深いも何も、刀傷に比べりゃ屁でもねえよ。
でも恋次は指先を離さず、しごくように強くつまんだ。
切り傷から血が滲み出し、ぽたぽたと地面に落ちる。

「悪い病気が入らねえようにな。こうやって血を出しとくといいんだぜ」

ふーん、と相槌を打って、恋次の手を振り払い、指を奪い返した。
いつまでも握っていられるのは、なんか居心地が悪い。

「ほら、指、みせろって」

無頓着に恋次がまた指を掴む。
真剣な眼。
指じゃなくて、醜態そのものを晒しているような気がするのは何故だろう。

「血止めしとけ」
「ってそれ、草じゃねーかよ」
「血止めの草だぜ?」

揉んだ草を指に押し当ててきた。
俺の反応をいぶかるような上目遣いの恋次の眼。
睫毛で陰が射して、瞳の紅の深みが増す。

「知らねえのか?」
「・・・・・知らねえな。オオバコをそういう風に使うっていうのは知らなかった」

恋次が邪気なく笑う。

「そうだったな。テメーん家は医者だし、こんな草なんかいらねーな。つか、名前は知ってるのか」
「ああ、お袋が教えてくれた」
「そっか。物知りなお袋さんだなあ。あ、これ、食えるぜ?」

恋次が足元の違う雑草を指差す。
これは食える、これは毒、これは腹痛の時と続ける。
恋次のその表情の透明さが何か切なくって、言葉の接ぎ穂が見つからない。

血止めのために、俺の指先に置かれたままの、恋次の節くれだった指を見て想う。

恋次の小さい時は、こうやって草で血を止めたんだろう。
その辺の草を食って凌いでいたんだろう。
ルキアや仲間達が具合悪くなったら、暗くても雨でも雪でも薬草を探しに出たんだろう。
俺は家に泣き帰って、傷の手当てをお袋にねだってたというのに。
出される食事に文句を言って、甘ったれてたというのに。

「すげーだろ?」

どこか得意そうな恋次を直視できない。

「ああ、すげーな」

そう言ってデカイ身体を抱きしめる。
どうしようもなく辛い感情を持て余した俺に、

「まぁ、ずっと昔の話だ」

と恋次は囁いて、抱きしめ返してくれた。だから俺は、

「そうだな」

と、納得したふりをしてみせた。



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