「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


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へーと恋次がマヌケな声を出した。

「・・・うるせえなあ」
「いや、キレーだなと思ってさ」
「あ?」

恋次がガラスのコップを電灯に向かって掲げ、じっと見つめてる。
息抜きついでとその横、ベッドに腰掛けてコップを覗き込んでみた。
炭酸の泡が弾けながらガラスの壁を這い登っていくのは確かにきれいだ。
けどそんなに感心するようなことか?
ちらりと見ると、半開きの口に加えて半眼。焦点があってない。
・・・つか酒臭え!

「テメー! 酔っ払ってるだろ!!」
「んあ? そんなこたーねーぜぇ?」
「って俺がマジメに勉強してるってのに何飲んでんだよ?!」
「テメーの勉強は俺に関係ねえだろ」

ほらと恋次は懐に忍ばせていたらしい小瓶を自慢げに振ってみせる。
体温であったまった陶器の瓶を奪い取り、
フタを開けて鼻を寄せるとキツい匂いが漂った。

「げほっ、うえっ。・・・な、なんだよこれ!」
「酒」
「んな可愛いモンじゃねーだろ!」
「んー、じゃあ酒の中の酒!」
「んだそりゃっ!」
「生でよし、薄めてもよし。まあオマエも飲んでみろって」
「俺はまだ勉強中だっつーの!」

キレた俺を指差して笑うバカ恋次。
つかオマエ、バカみたいに酔っ払ってんだろ、そうだろ!!

「もう飲むなっ!!」
「返せっ、俺ンだっ!」

目ェ三角にして飛びついてきやがる、この酔っ払いが!

「ダメに決まってんだろ、もう飲むなっ!」
「っせえ、このエセ学生っ」
「俺ァガチで学生だろうが、バカ言ってんじゃねえっ」
「つかテメーにも分けてやるって言ってんだろ?」
「そういう問題じゃねーんだよ、このバカ死神!」
「あっ・・・!」

カシッ。

そんなマヌケな音を立てて割れた陶器の小瓶から、
とろりと透明な液が床に流れ出した。

「うああああああ!!!」

止める暇もあらばこそ、恋次は割れた小瓶を拾い上げ、速攻で口をつけた。
丸いその小瓶にはまだ結構酒が残っていたみたいで、恋次の喉がごくりと鳴る。
ぷはーうめぇと上を向いたまま、幸せそうに目を瞑る。

「・・・・この酔っ払いオヤジが」

つい見蕩れちまって謝るタイミングを逃した俺が毒づくと、
「まだ少し残ってんだろ。テメーも舐めてみろ」
と恋次が小瓶に指を突っ込んだ。

「あ、危ないバカ! 止めろって!!」
「イテッ」

痛みで反射的に引かれた恋次の手から落ちた小瓶は、
カシャンと派手な音を立てて、今度こそ粉々になった。

「あーあ。もったいねー」

そう呟く恋次の指の先。
赤い線が一本。
滲んだ血が酒に溶けてぬらりと混ざる。

「何睨んでんだよ、やっぱテメーも飲みたかったのかよ?」
「いらねえよ」

横っ面に恋次の視線を感じて顔を背けたけど、
そろりと血が染み出してくる指から目を外せない。

「・・・まあ、遠慮すんなって」

恋次の指がゆっくりと近づいてくる。
俺の唇に擦り付けられたのは、甘い中に混じる錆臭い血の香り。
舐めるとピリリと熱が走る。

「・・・これ、相当強いだろ」
辛うじてそれだけ口にしてギッと恋次を睨みつけると、
「酔ったか?」
と色も隠さず見つめ返してくる。

そういえば今日、恋次と目をちゃんと合わすのはこれが初めてだと、
もしかして罠にはめられたのかもしれないと思い至ったとき、
酒臭い息が口腔を満たした。




聞き入る>>

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