「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


妄想する




ゆっくりと恋次の唇が動いた。

何?
なんて言った?
硬い横顔に、俺は訊き返すことができない。
恋次はそれ以上何も言わず、両腕で抱え込んだ枕に額からゆっくりと突っ伏す。
髪が流れて裸の肩も横顔も覆い、何も見えなくなる。
同じように枕に顔を埋めて眼を瞑ってみると、恋次の横顔が無音のまま脳裏に再生される。


こんな時。
ろくに口もきかずにひたすら体だけで過ごした時間の後だからこそ、口にして欲しい言葉は千もある。
俺、不安なのかもしれない。
最中に口走った俺の言葉に応えてくれるなんてことはもう期待してないけど、 だけど、何か一言。
名前を呼んでくれるだけでもいい。
その響きから何かわかるかもしれないから。
もちろんその後に何か一言くれればもっと嬉しいけど。
例えばありえないかもしれないけど、好き、だとか。


・・・ダメだ。
まるで雑誌やドラマの恋人同士のように甘い言葉を吐く想像の中の恋次は、 現実とはかけ離れすぎてるっていうのに、なんか照れてしまう。
バカじゃねえか、俺は!
今、ここにいるだろ、恋次は。
さっきまであんなツラ、見せてたじゃねえか。
それで充分じゃねえか。そっちが本物の恋次だろ!
・・・ けどあの恋次がこんな顔してあんな言葉を口にしたら?
ありえないけど、ありえるかもしれない。
そしたら俺はどうすればいい?
何て応える?

暴走する想像に耐えられない。
思わずジタバタして布団を蹴飛ばしちまった俺に、恋次が頭を上げた気配がした。
・・・ しまった。何やってんだ、俺。
顔、きっと赤くなってる。
下半身もまたヤバイことになってる。
バレたらもう、とんでもねえことになる。
まずい!

けど恋次は、 「何してんだテメー。寒ィだろ」 と零してバサッと乱暴に布団を掛け戻しただけで、何もいわなかった。
入れ替わった空気がひんやりとして肌を撫で、体中に鳥肌が立つ。
いつの間にか寒くなってたんだなぁ、もうすぐ冬だなあなどと思いつつ、チャンスとばかりに背を向けると、 「寝るぞ、オラ」 と、いつもどおりの乱暴かつ冷静な言葉が背中越しにかけられる。
きっと例の余裕っぽい顔してんだろうと見当はついた。


なんでコイツは、あんなことした後だってえのに、こんなに落ち着いてんだろ。
特に今日なんて恋次のほうから煽ってきて、らしくないぐらい乱れまくったんだから、
俺と同じぐらいとはいわないけど、せめて照れるなりしてくれれば可愛げもあるのに。
終わっちまったらいつもと同じ顔、かよ。
舌打ちしたくなるのを堪えて背中を丸めると、恋次の腕が俺の首の下、乱暴に通過した。
腕枕してくれんのか。
俺が拗ねてるとでも思ったのか。
甘い言葉ひとつも吐かないくせに、こういう時だけ優しい。
天邪鬼め。
もういい。寝てやる。
テメエに期待なんかするもんか!
そう決心したのに、
「おやすみ」
という何でもない恋次の一言に、心臓がどくんと跳ねた。
だって恋次の声、低く掠れてる。
吐息交じりで柔らかく耳に響く。
そのどことなく甘い声に、さっきまでの不安が嘘のように溶けていく。
だから安心して背中を預け「おやすみ」と正面を向いたまま囁き返すと、
ぎゅっと抱きしめられて足先も絡められた。
そして肩口に顎が乗せられ、頬が軽く擦り付けられた。
なんだろ、この反応。

けど 振り向こうとしたら頭を押さえつけられて、
「寝ろ」
とぶっきらぼうに告げられた。
やってることと言ってること、違いすぎないか?
訳わかんねえ。
それでももしかして照れてたのかなと見当がついたのは、触れた頬が妙に熱かったせい。
俺が背中向けた途端に何なんだよ。
さっきまでの冷静さは演技かよ。
だから顔とか隠してたのかよ。
素直じゃない分、本物の恋次の方が俺の妄想なんかよりよっぽどアレじゃねえか。
顔が緩みそうになるのを堪え、
「テメーもな」
と言い返すと、多分恋次は上擦った俺の声に笑ったんだろう。
あつらえたようなカーブで俺の背中にくっついたままの恋次の体が軽く揺れた。



→嗅ぐ

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