「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


追いかける



きれいなもんだよなあと先行く一護が呟いた。
確かになあと声には出さずに相槌を打つ。

見渡すばかりの桜並木。
まあ見事なもんだ、春爛漫。
ここぞとばかりに咲き誇る。

いつになくはしゃいだ声に振り返ると、
ルキアが空を仰いで、降りしきる花びらに魅入っている。
闘うことに慣れすぎてしまった現世の子供たちも、
制服に身を包み、年相応の表情で無心に桜を愛でている。
傍目にはただの学生の集団。
こんな風に、花を花として愉しめるのはいいもんだ。
昨日までのことも、明日からのことも、 それはそれとしてこの瞬間に身を浸す。
闘いに生きる俺たちだからこそ、必要な休息。
次の瞬間には、血みどろであの木の下に横たわっていてもおかしくない。
そんな生き方を選び取ってしまったから。



「何見てんだよ」

ぼそりと前方からかけられた言葉に視線を戻すと、
さっきまでの笑顔はどこに消えたやら、
仏頂面の一護が、眉間の皺を深くしてこっちを伺っている。
何ってそりゃテメー、と後方を見遣ると、一護がむっと口を引き結んだ。
だから少しだけ眼を細め、表情を読まれないようにして、
「ルキア」
と口に出してみる。
眉をピクリとさせた一護は、そーかよと一言残して、また独りで先を歩き出した。
だから俺は、早足で横に並んで、
「あっちの屋台で鯛焼き買ってくる。金、寄越せ」
と、一護のズボンの前ポケットに手を突っ込んだ。

「な・・・・っ!!」
と間抜け面を晒す一護のポケットの中、
足の付け根、敏感なところにかりっと指先を走らせると、びくりと一護が硬直した。
「なんだ、金、無えじゃねえか!」
と金を探るフリをしながら一護の顔を横目で盗み見ると、
桜の花なんて純白に見えるほど、鮮やかに色付いている。

そんなんじゃバレまくりだぜ?
笑いを堪え切れそうになかった俺は、
「あ、こっちか!」
と、今度は一護の尻ポケットを探って、
「テメーらもなんか食うか? 一護の奢りだってよ!」
と、抜き取った財布を高々と宙にかざして後方に叫んだ。
すると湧き起こるルキアや他の面々の高らかな歓声と注文の数々。


財布返せと飛びついてきた一護を軽くかわして駆け出すと、
桜の花弁が、顔に降りつけてきた。
そのひんやりと柔らかい感触に空を見上げると、
薄紅色の霞の向こう、蒼天が広がっている。
そして追いかけてくる一護の足音が世界を鮮やかに満たした。




見抜く>>

<<back