押し戻す
なんてすさまじい人出なんだと呆然と立ち止まった瞬間、一護を見失っていたことに気付いた。
一瞬以下の逡巡の後、こりゃもう絶対会えないし帰るのが得策と踵を返したが、
「オイ、バカ恋次! こっちだこっち!」
と一護の大声が響いたので恐る恐る振り向くと、色とりどりの髪飾りの波に溺れそうなオレンジ色が輝いている。
殺気を湛えたツラで、大きく手を振っている。
やっぱ逃げ損ねたか、あとどれぐらいこの人ごみの中に留まらなきゃいけねえんだろ、そもそも何でこんな遠くのこんな大きな神社まで来てしまったんだろと、
後悔してみても、もちろん後の祭り。
俺は諦め半分で、とりあえず一護に向かって歩き出した。
けれど、あまりの人に動きがとれない。
うかつに動くと、うっかりとその辺の人々をなぎ倒してしまいそうで、加減が難しい。
モタモタしていると、一護のほうがあっという間に俺のところに辿り着いてしまった。
マズい、怒ってるか?と顔を覗き込んでみたが、割と普通。
そして、さあ行こうぜと手を引いてくる。
珍しく大胆なのは、人が多すぎて目立たないと思ってるせいなのか。
それにしても、と俺は周囲を見渡した。
たかが初詣にこんなに人が来るとは思わなかったぜとため息をつくと、迷子になってんじゃねーよ、ちゃんとついて来いって言っただろと、一護が偉そうな口をきいた。
ムッとした俺は、迷子はテメーだろ、テメーがチョロチョロとするからいけねえんだろと反論したが、一護は、っせえ、テメエ今さっさと帰ろうとしてただろと人差し指をつきつけてきた。
やっぱ遁走しようとしたのがバレてたかと殴られることを覚悟したが、これが現世のフツウだ慣れろと、一護は背を向けて歩き出した。
虚をつかれたかたちになった俺は、また出遅れた。
だから一護の姿は、あっというまに人ごみに消えてしまった。
戸惑い、立ち止まったままの俺の横を通り過ぎていくのは人々の群れ。
年越し直後の夜中だから、さすがに家族連れはまばらで、一護と同じか、少し上の年頃の男女が連れ立っているのが目立つ。
色とりどりの晴れ着。
あるいは温かく機能的な現代の防寒服。
笑顔の人々。
まるで祭。
この中で俺たちは、いや、俺は一体どう見えているんだろう。
おそらくうまく紛れ込んではいる。
けれど所詮、異分子。
ごまかしようのない疎外感。
俺は大きく息をついた。
こんな感覚なら尸魂界でも何度も味わっている。
ほら、見ろ。
俺に関心を払う奴なんていない。
連れあう人々と語らいながら、少しでも早く参拝の列に辿り着こうと押し合い圧し合いしている。
そういうもんなんだ。
俺は無意識に一護を探しだした。
けれどあのオレンジ色が何処にも見えない。
「…一護?」
そもそも色が多すぎる。
ポケットの中を探ってみたが、伝令神機も忘れてきてしまったようだった。
「うー、ヤベエ…」
今さらながら俺は後悔した。
初めて来る場所だったし、何も考えずに一護に着いてきたので、帰ろうにもどこに駅があるのか、どの電車に乗ればいいのか全く分からない。
霊圧を探ろうにも、この人ごみだし、義骸に入っているせいもあって、どうにもうまく感じ取れない。
───
いっそ義骸をどこかに隠して、死神になって帰ろうか。
俺は絶望的な気分で周囲を見渡した後、社殿に背を向けた。
するとその瞬間、括りあげた髪をぐっと掴まれた上、引き下ろされて、転びそうになった。
「うおお?!」
「テメエ!」
「い、一護?!」
何でオマエは俺を見つけられるんだ?!
もしかして霊圧を探るのがうまくなったのか?
「せっかくの初詣なんだぞ! すぐ迷子になりやがって、テメエ、やる気あんのか?」
一護の本気の怒鳴り声に周囲が一瞬、静まり返った。
けれどすぐにざわめきを取り戻す。
迷子呼ばわりがおかしかったのか、それとも髪を引っ張られてる俺がおかしいのか、俺と一護を交互に見てくすくすとカップルたちが笑いながら通り過ぎていく。
バツが悪いったらありゃしねえ。
それに、
「やる気…っていわれてもなあ…」
初詣にやる気もヘッタクレもねーだろ。
そう思ったのが顔に出たんだろう。
一護は、さらにキレた。
「オマエな! ここは一緒に来るとすっげえご利益があるって評判なんだぞ!」
「……ご利益」
「なのになんでボーっとしてんだ、このバカ! 同じボーっとするなら、列に並んでからボーっとしろ!」
つか一応、俺だってカミサマなんだしと思ったが、カミサマ業代行の自覚が全くない一護からは、さっさと初詣してご利益に預かるぞという気合が、ガンガンと伝わってきた。
まあどちらにしても、俺たち死神がヒトの願い事など叶えられるわけも無い。
そもそも一護が何を願いたいのかも知らない。
縄張り違いもはなはだしい。
─── どーせカミサマとか居ねえのになあ…。
けどせっかくの一護のやる気だ。
それにここは現世だ。
一護がカミサマを信じるのは一護の勝手で、意地悪する必要もない。
だから、しようがねえなと社殿に向かって歩き出すと、まるで俺を見張るように、一護が横に並んできた。
不機嫌はなおっていないらしく、下唇が微妙に尖っている。
「…なあ、一護」
「んだよ」
「オマエの願い事って何だ?」
「んなのナイショに決まってんだろ!」
「いいじゃねーか」
「っせえ! 昔から誰にも言わないって決まってんだろうが!」
「そういうもんか? ケチくせえな…」
「ケチとかそういう小っせえ話じゃねえの!」
「充分、小せえよ。ヒントくれ」
「やなこった!」
見上げてくる眼は相変わらずのけんか腰。
面倒クセえヤツだぜほんとに。
「つかよ、一護」
「んだよ!」
「ずいぶん遠くまで来たけど。この神社、何のご利益があるんだ?」
途端、一護の顔が火を噴いた。
あ、これはもしかしてと思った俺は、更につつくことにした。
「確か、一緒に来るとご利益がなんとかかんとかとか…?」
「べべべ、別に何でもいいじゃねえか!」
一護はますます赤くなってそっぽを向いた。
ていうことはやっぱアレか。
周囲もカップルばっかりだし、大方、縁結びとかそういうところか。
分かりやすいなあ、けど俺としては勝負運か金運がよかったなあと思いつつ、それでも黙っていると、一護も黙り込んでしまった。
「…なあ、一護、」
「行くぞ、遅くなっちまう。テメエ、今度ははぐれるんじゃねえぞ!」
思わず声を掛けたが、一護はいきなり背を向けて、足を速めた。
もしかして誤魔化してるつもりなんだろうか。
俺が気付いてないとでも思ってるんだろうか。
まあでもそこが面白いところだから、いっそ今年もこのままでありますようにとでも祈ろうか。
─── ってマジかよ?
ふざけながらも、どこか心の奥深くで何を願おうかと真剣に考えていた自分に気がついて、苦笑が漏れた。
だって俺は根っからの無神論者だ。
物心ついてからはあの地獄暮らしだった。
誰かに何かを願うなんてこと、当の昔に止めたはずだったのに、この子供と関わると、どんどん自分が変わっていってしまう。
ったく、みっともねえったらありゃしねえ。
余計な考えを払いのけようと大きく頭を振ると、ちゃんとついてきてるかどうか確かめるように、一護が俺を振り返った。
その目が少し不安げだった。
───
あー…、チクショ。とりあえず迷子になるのはもうゴメンだぜ。
俺は一護のマフラーの端を掴んだ。
ぐいと引っ張ると、いきなりのことにバランスを崩した一護は案の定、
「テメエ、何しやがる!」
と怒気も露に振り向いた。
「はぐれたらダメなんだろ?」
「あァ?!」
「こうやって端っこ持ってりゃ、はぐれねえだろ」
オマエが。
口に出すのをぐっと堪えると、一護の目がまん丸になった。
そしてまだ上気した顔のまま、
「…ったく、しょーがねえ、ちゃんとついてこいよ!」
と、含みのある笑顔を見せた。
そして鼻息を荒くして、再び歩き出した。
マフラーを通して大人しく後をついていってるのが伝わったのか、一護は振り向くのを止めてどんどん歩き出した。
─── ほとんど犬の散歩だな、これじゃ。
俺は思わず笑いそうになった。
どこで見失ってもすぐに駆けつけてくるし、道案内もしてくれるし。
けれど一護は、そんな俺の思いになど関知することなく、張り切って人波を押し戻しながらどんどん前を歩いていく。
その後ろで、一護より一回り大きい俺は、あちこちにぶつかり、スミマセン、スミマセンと頭を下げつつ、一護の後を追う。
───
つか、むしろ犬は俺か?
要するに今年も、何だかんだで一護に引っ張りまわされるってことか?
俺は、明け始めた空を見上げた。
それは尸魂界のとは似ているようで、どこか異なる色。
ってことは、やっぱ現世にはカミサマってヤツがいるのかもしれない。
いてもいいかもしれない。
一護のためにも。
前を行くオレンジ色の頭を見下ろしたら、それに気付いたように、
「もう少しだからな!」
と一護が振り向いた。
その笑顔はとても明るく、年相応のものだったので、どうか今年が一護にとっていい年でありますようにと願わずにはいられなかった。
→勘違いする
2011 あけましておめでと!
一護は、俺って頼られてるぐらい思ってるし、恋次はデカくて赤いからどこからでも見つかるということを失念してるし。今年も割れ鍋に綴じ蓋な一恋ですが、よろしくお願いします。
Web拍手
<<back