「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


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カラカラと、いつになく軽やかな音を立てて窓が開けられた。
それがあまりにもこの梅雨空に似合わないものだから、酷い違和感を感じて俺は振り向いた。

「恋次か・・・?」

そこにはやっぱり俺の死神。
開いた窓からザァザァと雨の音が降り込んできて一気に騒がしくなったというのに、窓枠に足を掛けたまま恋次は身動きひとつしない。
まるで雨宿りする鳥のようだ。
黒い死覇装は、濡れて更に漆黒へと色を変えている。
なのに暗闇では夜に溶けてしまう赤髪は、街灯に照らされて輪郭だけ元の色を取り戻している。



「・・・恋次?」

不意にやってくることは珍しくはないけれど。
だけど部屋にも入らず、
こんな風に雨に打たれて、
こんな風に何も言わずにいるのは、なんていうか、やっぱヘンだ。
恋次らしくない。

「恋次? どうしたんだ?」
「・・・いや」

恋次は大きく頭を振った。
水滴が部屋中に飛び散る。
珍しく、目があったときからずっと俺のこと見ていた恋次は、顔にかかった水滴の冷たさに俺が顔をしかめたのと同時にやっと口を開いた。

「何でも、ねえんだな?」

「は・・・?」
いや、最初に質問したの、俺だから。
なのにいやに強い声に気圧されてしまう。

「だから、何でもねえんだな?」
「いや、だからって言われても・・・。つか俺? いや、俺は別にフツーだけど」
「・・・そっか。ならいい」

恋次はやっと窓枠を後にして、部屋に入った。
雨の音に溶けてしまいそうな、トンと軽い着地音がする。
きっと魂魄の分だけの重さが立てる音。

「・・・れん・・・」
「いやさ!」

打って変わって、ヤケに明るく強い声。

「恋次・・・?」
「いや、なんつうか、すげえ妙な夢を見ちまってよ」
「夢?」
「ああ。テメエが出てきたんだけどな。夢にしてはヤケに・・・」

そう言って恋次は俯いた。

なんだ、そうか。
変な夢を見て、心配になっちまったのか。
鈍感そのもののコイツでも不安になることなんてあるんだな。
つか俺のこと、夢見るぐらいには想ってくれてるって思ってイイのかな。
つい頬が緩むのを堪えて恋次を見上げると、恋次はすごく不安そうなツラしてる。

「・・・なんていうかさ。マジ、すげえイヤな夢で、もしかしてテメエが・・・」
「俺が?」
「いや、何でもねえ」
「何だよ?」

恋次は窓のほうを見遣った。
雨脚は更に強くなって、恋次の声が聞こえなくなりそうだ。

「いや、テメエが呼んでるのかと思って・・・よ」
「俺が?」

こくりと恋次が頷く。

「テメエが俺のこと、夢で呼ぶなんてそうそう無えからよ。緊急事態かと思っちまった」

勘違いだったみてえだなと、
はははとそっぽ向いてボリボリと頬を掻く様子がいつもなら素直に可愛く思えるところなんだけど。

だけど実のところ俺は愕然としていた。
だって恋次は本当の本気で、俺が恋次を夢の中に呼びに来たと思ってる。
そんなわけ無えじゃねえか。
できるわけ無えじゃねえか。
だって俺は、現代と呼ばれる時間に生きてて、だからいくら霊が見えても、死神とかやってても、そんな迷信みたいなことは絶対起こらないって知ってる。
確信してる。

恋次のことは好きだし信じてるし、大事にしたいと思ってるし。
その一方で俺は、恋次のそういうとこには多分、すごく醒めてる。
恋次が今言ったようなそんなことは古臭い思い込みだと思って、見下ろして、ああ可愛いもんだなあなどと思ってる。

んだよ、俺。
思い上がってるんじゃねえよ。


いつになく恋次が遠くに見える。
これって、普段は意識してない時の隔たりのせいなんだろうか。
だって魂の色も違う。
俺たちは、人だ死神だという以前に、根っこのところで徹底的に擦れ違っている。
きっとそういうことなんだ。


現実を目の前に突きつけられたような気がして見上げると、俺の無事を確認したせいか、恋次はなんだか少し安心したツラしてる。
けどまだ不安げに俺の言葉を待っている。
その待ちぼうけを食った表情に、なんだか余計、胸が痛くなる。
だって恋次はきっとこんなこと、気がついてない。
気付かせたくもないけれど。

こういうときには何て言ったらいいんだろう?
せめて気の利いた言葉をと探しても、何も出て来やしねえ。
こんな時にゃガキっだって事実は本当に役にも立たねえ。
だから無い知恵を絞る。
必死で言葉を探す。
せめてこの場を取り繕わなきゃ。
恋次を安心させてやんなきゃ。


「・・・恋次。俺は何度も何度もテメエのこと、呼んだだろ?」
「あ・・・?」
「俺の声、聞こえなかったか? やっと届いたのか?」
「・・・!」

恋次のツラが一気に赤くなった。
俺だってこんな臭い台詞、真っ平ゴメンだけど、でも恋次が先に赤くなったから俺の勝ちだ。
だから余裕を見せて、口の端だけで少し笑う。

「鈍いからなあ、恋次は」
苦笑して見せると、
「テ、テメエに言われたかねえッ!」
と恋次は更に顔を赤くする。
そりゃそうだろうな。
今度は本気の苦笑が漏れる。

「・・・でも届いてよかった」
いろいろと限界を超えちまった俺はそう零して、一回りもデカい身体を抱きしめると、
「今度から下らねえことで呼ぶんじゃねえ」
と来た。
ちらりと見上げると、不貞腐れたツラには突き出された下唇。

ああ、参ったな。
こんなんじゃ呼ばずにはいられない。
毎日、毎日、俺の側に居ろと呼ばずにはいられない。
それこそ夢に出るほど。
いっそ白昼夢でもいい。
俺のこと、ずっと見えていればいい。

「恋次」

ぎゅっと腕に力を込めると、恋次の死覇装から雨の香りがする。
それはとても密やかで柔らかく切ない香り。
けどすごく安心する。
やっと会えたんだって。

つまるところ本当に俺は無意識に恋次を呼んでたんじゃねえか?
夢を渡って恋次を探し続けてたんじゃねえのか?
迷信だの古臭いだの、そうやって間違ってるのは俺のほうじゃねえのか?

「遅くなって悪かったなぁ。一護」

相変わらず雨は強くなる一方で、恋次が呟いた俺の名は、窓に叩きつける雨粒の音に掻き消されてしまった。
けど抱き返してくれた恋次の腕は力強くて、ずっと失くしていた何かを探し当てたような、そんな気がした。


→待つ


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