「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)

支える



やっと、ちゃぷんと湯に浸かる音が聞こえてほっとしたせいか、風呂場との間のドアに寄っかかってた俺は、膝から力が抜けるに任せて脱衣所の床に腰を落とした。
けどその途端、
「ひゃっ・・・」
床の冷たさにびっくりして、思わず声が出てしまった。
慌てて口をふさいだけどもう遅い。
ドア一枚隔てた向こうで湯に浸かってた恋次の耳にも届いてしまったのだろう。
バシャッと盛大な音を立って、
「オイ、どうかしたか」
という声とともに、背中を預けてたドアが薄く開いた。

見上げると、ドアと壁の隙間、恋次の顔が覗いてた。
暗闇の中でも、せっかくあったまった風呂の中の空気が湯気になって逃げてくのが見える。
「うわっ・・・」
その濡れ髪から雫が落ちて、ぴちゃっと俺の頬を濡らす。

床に座り込んだ俺を見た恋次はそのまま風呂から出てこようとしたから俺は、慌てて立ち上がって、しーっと指を立てて、
「なんでもねえから!」
と恋次を押し戻し、ドアを閉めた。
それが思いがけずバタンと高い音を立てたから、しーっとドアに向かってまた指を立ててしまった。
ああもう、間抜けなこと、この上ない。



にしても、まさか誰も起きて来ないよな、こんな夜中。
かなりどきどきとしている心臓を宥めつつ、濡れた頬をぐいと袖で拭う。
そしてドアに耳を付けて、誰かが起きてくる気配がないかどうか耳を澄ましてみた。

うん、大丈夫。
物音ひとつしない。
きっちり脱衣所も風呂もドアはしっかり閉めてるし、
音が漏れないようにタオルも隙間に敷いてるし。

大丈夫だとわかったらまた、膝が怪しくなったから、暗闇の中、手探りで探し出した足拭き用のタオルを床に敷いた。
自分で入るときには自動的にやってることも、こんな暗闇の中、こっそりと他人を入れるとなるとうっかり忘れちまうもんだなあなんて思ながらタオルの上に腰を下ろした。

「なあ、湯加減はどうだ?」
少しだけドアを開けて、ひそひそ声で訊いてみると、
「んー・・・、丁度いいぜぇ。テメエも入れよ」
などと、割と普通の大きさの呑気な声が返って来る。
だから俺は、
「煩せぇバカ、静かにしろっつってんだろ」
と注意してパタンとドアを閉めた。


ドアにもたれかかってまた腰を下ろす。
さっき押し戻したときに触れた恋次の体は、湯で濡れてて、そのしっとりとして温かい手触りがまだ手に残ってる。
手を閉じたり開いたりしてみてたら、ドア越しに湯が揺れる音が聞こえた。
とても小さい音。

月明かりだけの真夜中の風呂、恋次は何を考えてんだろう。
もしかしてさっきまでのこととか思い出してんだろうか。
「ああもう・・・!」
俺はガシガシと頭を掻き毟った。


さっきは 暗くて見えなかった恋次の顔。
それが部屋での恋次の残像と重なる。
俺のとんでもない失態に、何が起こったかわからず、きょとんと目を丸くして、けど事態を把握してからは、みるみるうちに変わって行ったその表情。
怒られるかと思ったのに。
ていうか、せめて怒ってくれれば良かったのに。

「・・・・クソッ!」

さすがにこれは早すぎだろって思いっきり笑われた。
けど仕様がねえだろ、すっげー久しぶりだったんだ。
なのに散々焦らされて諦めかけた頃、いきなり仕掛けてくるなんて、卑怯だろ!


急に声が色を変えたから、名前を一回呼ばれただけで硬直した。
耳元に唇を寄せられ、息を吹き込まれたから、全身の力が抜けた。
そのまま頬から唇へと口付けられて、一気に腰に来た。
あんな本気を突然出されたら、勝てるわけなんてない。
あの眼に逆らえるはずもない。
そんなこと、全部わかってやってんだ、アイツは。

思い出すと顔が赤くなる。
多分、悔しいとか恥ずかしいとかより、またあの熱が戻ってきてしまうせい。
毒づいて発散したくなるのを、膝を抱え込む腕にぎゅっと力をいれて堪える。


アイツは腰砕けになっちまった俺の両手首をゆったりと掴んで拘束してから、自分も手を使わずに、思いっきりあちこちキスしてきた。
いつも俺がやってるのより、うんと面倒くさくてゆっくりとしたやり口で俺の服を脱がしていった。
俺には指一本触れさせないで、自分だけ好き放題しやがった。
そんなやり方、俺は知らない。
そんな恋次も、俺は知らない。

俺の焦りを知ってか知らずか、恋次は眼を伏せたままだった。
だから睫毛が微かに震えるのが見えた。
その向こうに見え隠れする紅い瞳は、まるで深い森の奥に身を潜ませる肉食獣のように身勝手な思惑に溢れてて、そのくせ牙の存在なんて欠片も悟らせずに、唇で触れてくるだけ。
時々漏れ聞こえる吐息までもとても柔らかくて、俺は溶けてしまいそうだった。
もうその時点でギブアップだったんだ。

なのに。
軽く限界を超えてた俺のに、あんな風に唇で触れたりなんかするから。
しかも上目遣いで俺を見ながら、あんな強請るような声音で俺の名前まで呼ぶから。
だから、俺はあんな醜態を・・・っ!



「う・・・あぁぁぁぁ、ありえねえ・・・ッ!!!」
「ヨォ、本当に大丈夫なのかテメエは」
「うぉっ?!」

いつの間にか抱え込んでた頭を解放して仰ぎ見ると、大きく開いたドアから恋次が上半身を突き出してた。

「れ・・・ッ! ・・・んぐぅっ・・・」
いきなり恋次のバカでかい手に顔を半分以上塞がれて、息ができない。
離せ、このヤロウ!
「んッ・・・、ンンンッ!!」
「煩せェ、大声出すなっつったのはテメエだろ!」
ああそうだった。
俺は体の力を抜いた。

全く。
こんな状況、オヤジや妹に見つかったらどう言い訳する?
っていうかオンナ連れ込んだ訳じゃねえんだから、
ダチが家出してきたとでも言えばよかったんじゃねえか?
あ、でも真夜中にこの刺青と赤頭をいきなり見た日にゃ、遊子も夏梨もきっと、しばらくは悪夢にうなされちまう。

けど、見ようによっちゃ、すげえキレイなんだけどな。
ちらりと見上げると、俺を観察するような恋次の眼にぶち当たった。

ち。
なんだよ、このヨユウ。

まあ、とにもかくにもだ。
離せ、もう大丈夫だから。
俺を締め上げてる恋次の二の腕を合図代わりに軽く叩いたら、恋次は、
「・・・静かにしろよ?」
と俺を解放してくれた。



「っぷはぁぁ・・・・、って恋次、風呂はもういいのか・・・よ・・・」
一息つく間も無いとはまさにこのこと。
風呂の小窓から漏れる月明かりだけとはいえ、湯から上りたての恋次の体から湯気が立ち上ってるのが目に入って、思わず声が掠れた。
ごくりと喉が鳴る。
けど恋次はそんなのどこ吹く風で、
「あ? ああ。キレイに落ちたと思うぜ」
まだ濡れてる髪の一束を取ってクンと匂いを嗅いだから、さっき、俺のを顔いっぱいに浴びてしまった恋次の顔の記憶が甦った。

最初は何が起きたかわからずに、「え・・・?」とか言ってた。
けど顔や髪に付いた白いドロドロを指で掬って、間抜け晒してたに違いない俺の顔と見比べた。
・・・あの気まずすぎる沈黙。
永遠に続くかと思った。
でも、何が起こったか唐突に悟った恋次は、ムードも何もぶち壊して、さっきまでのアレは別人だったとばかりにバカ笑いしやがった。
俺はといえば、いたたまれなさと同時に、顔を汚した恋次を目の前にしてまた集まりだした熱を持て余しかねて、とりあえず風呂だと無理やり恋次をつれてきてしまったわけだけど・・・。
ああ、 なんてザマだチクショウ。



「クソ・・・・」
「んだよ、やっぱテメエも入りたかったのか、風呂」
「そうじゃねえよっ!!」
「オイ、また声、デカくなってんぞ」
「う・・・、つか早く体拭けよ、風邪引くぜ?」

何でコイツはこんなに冷静なんだよ!
なのに俺といったら、いくら一回イったとはいえ、あんなツラ見せられた後だし、こんな風に湯上りの身体を見せ付けられ続けたら、抑えられるもんも抑えられないに決まってる。
だから俺は、準備してたバスタオルを投げついて背を向け、両腕を組んだ。




「ほら、部屋に戻るぞ」
恋次の声に振り向いてみると、腰にタオルを巻きつけただけで風呂から出て行こうとしたから、
「つかテメエ、服ぐらい着ろ!」
と肩を掴んだ。
それが思いがけず温かかったから、なぜか怯んでしまった。
すると恋次はその隙を突くように、、
「んでだよ」
と顔を近づけてきた。そして、
「どうせまた、やるんだろ?」
と首を傾げた。
「う・・・!」
硬直した俺に、恋次が眼を細める。
「・・・自分ばっかイイ思いして、俺はどーでもいいってか?」
「そ、そんなんじゃ・・・!」
触れるぐらい近づいたところでフイと逸らされた唇は、俺の顔の横へと逃げた。
そして、
「つか俺、まだイってねえっつーの」
思いっきりの低音で耳に直接、囁きこまれた。
ぼんっと自分のノウミソが火を噴くのが聞こえたような気がした。

「お・・・、大丈夫か?」
あまりの不意打ちに力が抜けて、よろめきそうになったのを恋次が支えてくれた。
そして頬に、触れるだけの軽いキス。
くそ・・・、それじゃ追い討ちだろ!

「テ・・・メエ・・・・」
見上げると赤い眼がくるくると愉しげに揺らめいてたから、絶対今日は泣かしてやる、絶対足腰が立たなくなるぐらいまでしてやると俺は心の中で誓って、今にも崩れそうになる膝に力を込めた。


→擦れ違う

前作の「なかせる」の後日談、リベンジ恋次な感じで、 清原さんのリクエストで幕間劇一恋を書いてみました。
1ラウンド終了後、お風呂恋次と脱衣所一護でドア越しの会話、キス程度の甘いやつでお風呂一緒はダメ!(細かいな・・・)
リク内容には反さない範囲で、清原さんの大好きなアレを入れてがんばってみた! 
その余計なお世話のせいか、可愛いというよりはエロ・・・?な感じになってしまって、しかも肝心な会話がほとんどなく、いまひとつリク内容とは遠いような・・・。
ってなわけでいつもお世話になっております、愛を込めて!

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