「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
擦れ違う
「お、こっちは雪か」
不意に背後から掛かけられた声に振り向くと、降りしきる雪の向こうに人影があった。
「恋次! 来てたのか」
顔に降り付けてくる雪を腕で防ぎつつ駆け寄ると、
仄暗く翳った日に相応しく沈んだ赤色の髪が、周囲にいつもより馴染んでるように見えた。
「この時期にしては酷え雪だなオイ」
「だろ? さっき降り出したと思ったらもうこのザマだぜ」
まるで毎日会う友人同士のように、肩を並べて歩き出す。
けれどごく自然に正面を向いて、
ひとりで歩いているよう、周囲の注意を引かないように。
それは俺たちの暗黙の了解。
「積もんじゃねえか?」
「ムリだろ。ホラ」
足踏みしてみせると靴底の下、
積もったばかりの雪は泥と混じってベチャベチャと音を立てながら溶けていく。
「な?」
「雪っつーよりは霙だな、これじゃ。まあ春は近けェってことでいいじゃねえか」
「まーな。でもすぐ溶けるからすっかり濡れちまった。どうせなら粉雪だったらよかったのに」
溶けた雪で濡れた頬をぐいと袖で拭って恋次を見上げると、
大きなボタ雪がひらひらと恋次の頬を撫でて落ちて来たのが見えた。
死覇装にも紅い髪にも薄く雪が積もってた。
奇妙な違和感を感じて、何かが腑に落ちなくて、
思わず自分の肩を見てみたら、ぐっしょりと濡れていた。
「あ・・・・」
「どうかしたか?」
訝しげに俺の顔を覗き込んでくる恋次の睫毛にも、ひとひらの雪。
溶けることなく留まっている。
そうだった。
恋次は魂魄。
触れることはできても、雪を溶かすこともできやしない。
「・・・一護?」
ほんの些細なことなのに。
知ってたはずのことなのに。
「オイ、一護。どうしたんだよ」
どうしても声が出ない。
だから代わりに、ちょいと人差し指を曲げて恋次を呼ぶ。
割と素直に近づいてきた恋次の首に腕を回し、うんと唇を近づける。
「オイッ、テメッ、こんな往来で・・・ッ!」
恋次の怒鳴り声だって、誰に聞こえてるわけじゃないから構いやしない。
ぐいっと腕に力を込める。
覚悟したのか諦めたのか、恋次がぎゅっと眼を瞑るのが見えた。
その瞼に口付けたくなるのをガマンして、そっと息を吹きかける。
すると赤褐色に煙る睫毛にしがみ付いてた頑なな雪片が溶けて、恋次の頬に流れていくのが見える。
だから少しだけ胸のつかえが取れた。
なのに恋次が、
「な・・・、何考えてやがるッ、誰かに見られてたら絶対、テメー、可哀想なヤツだと思われてんぞッ」
俺のこと心配してるのがわかったから、今度は胸が痛くなった。
「可哀想なのはテメエだバーカ」
だから俺は、バカ笑いしてみせた。
恋次はますます激高して、首筋まで赤く染めた。
けれど雪はその肌にも薄く積もっていく。
「恋次」
名を呼んで、死覇装の袷に指を添える。
恋次の動きが止まる。
そのまま無駄にでかい身体を引き寄せ、そっと首に腕を廻す。
「・・・・一護? テメー、今日はちょっとおかしいぞ?」
「煩せェ。少し黙ってろ」
オマエの分まで、今、雪を溶かしてやるから。
俺は恋次の首に巻きつけた腕にぎゅっと力を込めた。
恋次は何も言わなかったけど、
突っ張って俺を押しのけようとしてた腕は、代わりに俺の腰に廻された。
擦れ違う生でも、せめて今だけは一緒に居るフリを。
雪はいつの間にか氷雨に変わっていた。
→世話する
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