「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


さする



こん、と胸を弾くような自分の咳で目がさめた。

口を掌で塞ぐと、息が指の間から噴出す。
堪えると、閉じ込められた空気の塊が胸の中、暴れる。
気道がひくつき肺がキリキリと痛む。
背が丸まって痙攣する。
まずい、止まらない。
このままじゃ一護が起きる。
明日、学校だろ。代行と学業の並立で疲れきってるってのに。

向こうへ戻ろうと布団を抜け出そうとした刹那、肩を取られた。
硬くなった体は自由が利かなくて、ころんと布団に転がり戻る。
押し込められていた咳は、得たとばかりに迸り出る。

息ができない。
苦しい。
痛い。
腕が胸を抱え込む。
体が丸く小さくなる。
止まらない。

痙攣し続ける俺の体を、一護が何も言わずにさする。
抱き起こされてベッドの端に座ると、一護の手が俺の背をゆっくりと上下して咳を宥める。
腹の奥に溜まった空気の塊が、追い立てられるように音を立てて逃げ出していく。
よーしよしと一護の掠れた低い声。
赤ん坊をあやすような調子が引っかかるけど声もでない、余裕もない。

すぐ治ると思ったのに。
昼間に一護が散々言ってたのを無視した結果だから、バツが悪い。
俯いたままだから、一護の表情も見えない。

少し咳がおさまると、ちょっと待ってろと言い残して一護は部屋を出ていった。
咳のしすぎで涙が滲み、差し込んでくる月明かりが歪んでる。
こみ上げる吐き気を宥めて一息ついたら、目の前には黒い影。
本体を抜け出した死覇装の一護が、水の入ったコップを持って立っていた。


ヒリヒリと痛む喉を、水が滑り落ちた。
ふう、と息をつくと、額がこつんとぶつけられる。
いてえと文句を言うと、声が出るのかと一護が笑う。
熱はあんまねえな、夏風邪だな、腹まで冷やすなよ、と淡々した声が降ってくる。
促されて横たわると、背にはいつの間にか積み重ねられた枕。
息が楽にできる。

呼吸が整った俺を確認した一護は、落っこちんじゃねーぞと念を押しながら、
俺を壁際に押しやり、自分が堰となりつつ布団にもぐりこんできた。
子ども扱いに半ば不貞腐れた俺は、壁を向いて背を向ける。
そうすると一護は、当たり前のように俺の背をさすりだす。
これじゃあまるで強請ってみたいだとつい失笑。
すると一護は、どうした大丈夫かと手を止めて俺の顔を覗き込む。
心配そうな目に、何でもねえよテメーこそ寝ろこのバカと返すと、
ほんっと可愛げ無えよなあと安心した様子でまた背に手を添えたから、今日はすっかり一護の手の内だとがっくりする。
そして突然、そういえばコイツは長男だったと思い当たった。
一護の年上染みた物言いと振る舞いは、刷り込まれたその立場のせい。
嘗ては俺自身もそういう話し方をしていたのだけれども。
俺の手は小さかったが、仲間達の背もそういえば小さかった。
こいつも小さな手で妹達の背をさすってきたんだろうか。

そして不意に悟ったのは、速さは違えど、こいつも俺も、間違いなく同じ時間の流れの中にいるということ。
体に刻み込まれた動き。
成長した手の大きさ。
積み重ねられた時間の層の中で重なる像。
だから後は流れに任せる。
その温もりに任せる。
今という名の、時の交叉点に佇む。



翌朝。
背中から暖められてよく寝たせいか、風邪はすっかり抜けきっていた。
対して無造作に脱ぎ捨てられてた一護の本体は、床で冷え切っていた。

「・・・バカだろ」
そう揶揄っても、本体に戻った一護は咳とくしゃみで返事もできない有様。
「よーしよし。今日はちゃんと寝てろよ?」
「うるせ・・・っ、ゴホッ、ちくしょっ、ゲホゲホッ」
「ああ、わかったから、な?」
背中をさすってやると、涙目の一護が睨みつけてきた。
死神の俺と人間に戻った一護の間で熱が伝わるわけも無いが、昨夜の一護のようにこつんと額をぶつけてみる。
真っ赤になった一護は、くるりと背を向けて布団に丸まった。
だから俺は、
「修行が足りねえなあ」
とすっかり逆の立場になった一護をからかいつつ、背中に手を当てた。
その背は微かに震えていて頼りなく、護ってやりたいと柄にも無いことを思ってしまったことは誰にも言わない。




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