「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)



…だがここで慌てると、恋次のヤツが付け上がる。

俺は、渋々な様子を装って窓へと近づいた。
すると恋次は素直にホッとした表情をみせた。
二人っきりの時の方が素直に自分を見せる恋次だけど、ここまでストレートにってのはかなり珍しい。

…ってことは、かなり苦しかったんだな。
いつからココにはまってたんだ、アホかテメエ。

自分が気づかなかったことは棚に上げて、俺は少し笑う。
予想通り、恋次はムッとする。
そんな約束事が何か嬉しくって、笑いが思いっきり込み上げてくる。
だから恋次はさらに怒る。


もう2月に入ってしばらく経つから、恋次と会うのも半月ぶり、
この怒りきった悪人ヅラを見るのも半月ぶりか。
ちょっとだけ期待してた節分とかそういう行事も会えず仕舞いだった。
流行りだした恵方巻きなんてのも恋次の好きそうなの、何本か余計に買っといたけど、
結局、全部、自分で片付ける破目になった。
今度、会えるのはいつなんだろう?
バレンタインまで後数日だけど、その日に会えるって保障もない。
引き出しの奥のアレ、今日、渡しておいた方がいいんだろうか。
できれば当日がいいんだけどな。

なんだか俺はしんみりとしてしまった。

「…あのな、恋次」

だが切羽詰った恋次にそんな俺の心が分かるわけもなかった。

「んだよ! 早くココから出せッ!!」
「オマエなあ…。ひとの話も聞けよ。つか出せってテメエ、自分ではまったんだろ。人聞き悪い言い方するんじゃねえ」
「いや、テメエが悪いッ!! 全部、何もかもテメエのせいだ、このエセ死神ッ!!」
「…」

俺は頭を抱えた。
いつもだったらこんな上から目線の恋次の物言いにはブチ切れるとこだったが、
さすがにこれだけ絶対優位だと、いろんなことがどうでもいい。
つか優しい気持ちにさえなるから不思議だ。


俺は無言で恋次の胴に腕を回した。
そして思いっきり引っ張った。

「いッ…、イタタタタタッ、痛てえッ!!!」
「煩せぇ、我慢しろ」
「うぎゃああ、背骨が折れるッ」
「折れろ。いっそ折れてしまえ」
「んだとコラ、…って、うガ…ッ」
「く…。もう少し。…くそ、抜けねえ…ッ!!」
「もうちょっとだ一護ッ、…て、うおおッ、危ねえ…ッ!!」
「うわ…ッ!!!」

ズボっと盛大な音を立てて窓から抜けた赤死神とその大荷物は、
俺を巻き込んで床の上に転がった。

「ふー…、ったく危ねえとこだったぜ…」
「テメエ…。自力で抜けたようなツラしてんじゃねえッ! つか俺の上から退けッ」
「…あ? ああ、悪りィ悪りィ。つか久しぶりだな、一護」

さっきまでの情けないツラはどこへ行ったやら、
いきなりいつものオトナ面と余裕を取り戻した恋次は、
ふうと一息ついてから、俺の背中から床へと移った。

「重いんだよ、テメエは! つか何だよ今更、久しぶりもヘッタクレもあるかっ!
 つか危ねえだろ、このバカ恋次!! テメエ、ひとん家の窓で何やってんだッ!!」
「ったく参ったぜ。まさかこんなにこの窓が小さいとはな…」
「何、冷静にひとんちの窓のせいにしてんだよッ?!」
「これだから現世はやりにくい」
「つかテメエとテメエが運び込んだこの荷物が大きすぎんだろ?! 何なんだよ、コレッ!!」
「あ、これか? 見て驚くんじゃねーぞ?」

恋次は、意気揚々と大荷物の口を開けた。

「…んだよ、その気持ち悪い笑い…、って何だよこれ?!」
「あ? 知らねえのか? くっしょんだ、くっしょん」
「これが…、クッション…」

俺は絶句した。
もしかしてもしかしたら、早すぎるバレンタインのプレゼントとか、少しは心の隅で期待してたのだ。
それが、大袋の中から取り出されたのは、
大きさといい、質感といい、粗大ゴミと見まがうばかりの黒い大袋。
つか黒いクッション。
とてつもなくデカい。
でもカバーの大きさの割に中身が少なくて、すごく簡単に形を変える。
ってことはいわゆるビーズクッションか?
しかも妙にテカったこの素材はアレか?
ムダにレザーなのか?
オマエのシュミは暴走する一方なのか?
つかココは蛇皮とか金ラメじゃなかったと喜ぶべきなのか?

俺の反応を待つ恋次の紅い瞳はキラキラと輝いてる。
投げたボールを取ってきた大型犬と向かい合ってるような錯覚を覚える。


─── だけどムリだ。いくら大事な恋人の自慢の品だといっても、これは受け入れられねえ。

俺は、俺と恋次の真ん中にどでんと居座る粗大ゴミ状クッションから眼を逸らした。


「…なあ、恋次。まさかと思うが、コレ、どうする気だよ?」
「どうするってそりゃーテメエ、座ったり寝転んだりするに決まってんじゃねえか。
 くっしょん、知らねーのかテメエは」
「知ってるに決まってんだろッ!
 つか俺が聞きたいのは、このとんでもねー規格外のサイズのことだ! コレを一体、どこに…」
「そりゃそうだろ。特注だぜ?」
「と、特注…?!」
「オウ! 現世手当てを貯めてたんだ」
「現世手当て…」

自慢げな恋次の姿が、貯めた小遣いで買ったゲームを自慢しあう小学生の姿と重なった。
ガクリと肩が落ちる。


→赤面する3


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