「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)

世話する



春霞で白みを帯びた空から舞い降りた先は、いつもの窓枠。
もちろん鍵はかかってない。
今日に限って、窓を開けるときに、
「入るぞ」
などとわざわざ挨拶してしまったのは多分、部屋の主の存在が感じられなかったせい。
ぽかりとあいた空間に足を踏み入れるのは、最近なんだか後ろめたい。
奇妙なもんだ。
本人が居たら、邪魔だとわかっててもズカズカと踏み込みやすいってのに。


開けた窓から足を一歩、踏み入れてみると案の定、部屋の中は空っぽ。
「・・・ったくどこへ行ったんだ、あのバカは」
予定よりも早く来れるとわざわざ連絡したというのに。
「伝令神機、見てねえんじゃねえか?」
案の定、俺の伝令神機にも一護から何の連絡も入っていない。
もしかしてすっぽかされたか?
まあでも丁度いい。
アイツがいたら、いろいろと煩せぇからな。



勝手知ったる一護の部屋。
押入れを開けて下段の奥のほう、布に包まれた物体を探す。
「義骸、義骸っと・・・。またバカ丁寧に仕舞い込んだもんだぜ」
簡単に見つからないようにだろう。
手前には積み重ねられた箱の山。
まあな。
見つかったら大事だってのはわかるけどな。
義骸といっても、見た目は死にたての人間の死体と似たようなもんだし、
それに一護と同じガッコの制服を着せてるわけだし、
んなもんが見つかった日にゃ、同級生殺害ってことになるんだろうな、きっと。

一護にゃ悪いが、大慌てで弁解しまくる一護と大騒ぎの家族を思い浮かべると笑いが止まらない。
せっかくだから使い終わった後、手の一本でも隙間から覗かせてみるか。
あ、でもあの泣き虫のほうの妹が第一発見者とかなったら、絶対、気ィ失うな。
もう一人の一護似のほうはもうちっとタフみたいだが、それでもビビんだろ。
つかあのオヤジに見つかった日にゃどうなるんだろ。
一護、殺されんじゃねえか?

・・・いやいや、義骸は官公品。
んなことしてトラブルにでもなったら、減棒もんだろ。
つかなんで義骸の管理が自己責任なんだよ。
だったら管理用の場所も確保しとけっつー話だよな。
今んとこ俺だけだからいいけど、これ以上現世要員増えたら、一護ん家の押入れも壊れるぞ。



どうでもいいことを考えながらも、ようやく目当ての布袋を見つけて引きずり出し、
「あったあった」
中身、つまり俺の義骸を取り出した途端、
「・・・ってなんだこりゃ!」
つい大声を出してしまった。
だって目に前に転がるのは、奇妙な服を着させられた俺の義骸。
あの妙な制服ってやつを着てたはずじゃなかったか?
この前、俺、こんなの着てたっけ?
いや、そんなはずはねえ、少なくとも記憶にゃねえ!
ってことはもしかして一護のいたずらか?
まさか尸魂界からの指令ってことはねえだろ?!


混乱がピークに達しようというとき、部屋のドアが音を立てて勢いよく開けられた。
しまった、見つかった、妹か親父かどっちだと慌てて振り向くと、
「よォ、恋次」
一護が後ろ手にドアを閉めながら、呑気なツラを見せた。
「・・・んだテメエかよ」
つかコイツの霊圧に気がつかないなんて一体、どんだけだよ、俺。
情けないのと同時に、
誰かに見つかったわけじゃないとわかってほっとしたせいだろう、急に怒りが湧いてきた。

「・・・こんのクソ一護ッ! 何だコレ、テメエの仕業だろ!」
「んだよ何怒ってんだよいきなり、挨拶だなぁオイ」
「んで俺、着替えてんだよ!」
「ああ、そこか。つかテメエじゃねえだろ、義骸だろ」
「俺の義骸だろ! つかそんな細けえツッコミしてる場合じゃねえ!」
「うっせぇなあ」

ボリボリと頭を掻きながら明後日の方向を向く一護に、
俺のイライラ度は更に上がった。

「だから何で俺の義骸がこんなになってんだって訊いてんだよ! 前の服、どこへやった!」
「あー・・・、あれか。制服。アレなら捨てた」
「捨てたって・・・!」

あの服だって支給品なんだぞオイ!

「大体、あんなもん着てたら目立って仕様がねえじゃねえかよ」
「悪かったなあ!」
「怪し過ぎなんだよ。赤いわ、ゴツいわ、刺青だわ、どうみても高校生じゃねえわ」
「テメエ、よくも言いたい放題・・・。つか俺だって好きであんなカッコ、してたわけじゃ・・・!」

一護がニヤリと笑った。

「だろ? だからな?」
「・・・んだよ」
「これならイイだろ」
「これ?! どこがっ?!」

一護が指差す先には、ボロボロの服を着てごろりとマヌケなツラを晒して床に転がる俺の義骸。
一体、なんなんだよ、この妙な服、どんな嫌がらせかよとため息をつきつつ振り向くと、
少し不安げな一護の仏頂面は、それでもどこか自慢げな様子。

んだよ、そのツラ。もしかして褒めて欲しいのか?
ってことは嫌がらせじゃねえのか?

少しだけ気を取り直して、もう一度目の前の義骸をよーく見てみると、
一護の普段の服と、ボロボロ具合が似ていることに考えが至る。
ってことはアレか。

「・・・・てめえの趣味か、この服は?」
「オウ、気に入ったか?」

おうおう、鼻の穴、膨らましやがって。

「誰がいつ、そんなこと頼んだよ?」
「んだよその言い草。でも悪かねえだろ?」

・・・悪かねえ、か?
あまりにも嬉しそうな一護の様子に、俺は義骸を改めて見直してみた。

「う・・・・」

何ていうか、これが今の現世、一護の世代の流行かもしんねえけど、
尸魂界基準だとこりゃ、浮浪者だな。
ジーンズとやらにもあちこち穴が開いたままで、塞いでもいねえ。
マジでこれがイイと思ってんのか・・・?
真横の一護を盗み見ると、ガッツリ視線を合わせてきた。
そして、意気揚々と言い放つ。

「いいから入ってみろよ、義骸。あんま時間もねーし」
「オウ・・・」

毒気を抜かれた俺は仕様がなく義骸に入り込んでみた。
すると案の定、体のあちこちを締め付けてくる違和感。
奇妙な服。
破けた膝や腿の辺りがスウッとする。
履き心地も悪い、腰の辺りもきつい。
だからこれが「悪かねえ」って言われても、納得のしようがない。
けど一護は結構、満足げ。
ってことはコレでいいのか?
仕様がないと諦めて、今日はこれで行くべきなのか?



「うん、いいんじゃねえか」
「立ってみろよ」
「回って」
「手ェ伸ばしてみろ」
「足は大丈夫か?」
「あ、腰んとこ引っ張り上げんな、こっちじゃそんなに上げねえんだよ」
「オイ、そのままシャツは出しとけ、入れんじゃねえ!」


「ああもう、煩せェッ!!! 小姑かテメエはッ!」
次々とつけられた注文と、
それに唯々諾々と従ってしまった自分にぶっちぎれて怒鳴りつけたが、 一護はそんなのどこ吹く風。
いやに機嫌がいい。
眉間の皺も、心なしか緩んでる。

「まぁこんなもんだろうな。さ、行こうぜ!」
すっくと立ち上がった一護は、窓の鍵を閉めた。そして、
「オイ、何、ぼーっとしてんだ!」
と俺の手をぐいと掴んで、部屋のドアへと向かった。

「って何処、行くんだよ?」
「花見に決まってんだろ!」

ほとんど使ったことのない一護の家の階段は、かなり急な勾配。
燦々と陽が照りつける部屋から急に暗いところに入ったから余計、
足元がおぼつかないというのに、一護はぐいぐいと手を引っ張り続ける。

「わざわざ今からか? もう夕方だぞ、オイ」
「今日は祭なんだよ!」

ああ、だからわざわざ今日のこの時間を指定してたわけか。

「・・・妹とかオヤジさんは」
「先に行った」
「ダチは」
「アイツらは別口」
「メシは」
「屋台で食えんだろ」
「つか宿題とかガッコとかそういうのは」
「全部済ませた」

準備万端じゃねえかよ、俺の着替えまで済ませてよ、
どんだけ張り切ってんだ。

けど俺のツッコミを待つどころか、
足を止めてがっぱりと口を開けた俺と目が合った途端、
一護は俺の手を離して、くるりと背を向けた。
心なしか首筋が赤くなってる気がする。

らしくねえ。
まさか全部、マジだったのかよ。

「・・・わっかりやすいなあ、オマエ」

つい本音を零してしまったら、
ポケットに両手を突っ込んで階段を先に下りていく一護の首筋が、ボッと本格的に赤くなった。
返事なんかもちろんない。
自覚はあるんだろうけどな。



その雄弁な背中をぼんやりと眺めてるうちに、いろんなことを不意に納得した。
つまり春ってことだ。
空から見たこの街も、いつもより色合が派手だったように思えたのは気のせいじゃなかったんだ。
一護だって臆面もなくはしゃいでるじゃねえか。
俺の方だって、一護につられたかやっぱり浮き足立ってる気がする。

俺は薄暗い階段を降りながら、屋根の上に広がってるであろう春独特の明るい青空を想った。
あの下には、笑顔の人々が春のひと時を楽しんでいる。
満開の桜に皆が皆、あてられて浮かれてる。
当たり前だ、春だし、祭なんだ。
だから俺たちも何食わぬ顔で、普通の人のフリをして、その中へ繰り出すんだ。
春だから、それが許されている。
なんと面映いことか。



「イテッ」
「何ボーっとしてんだ」

いつの間にか階段を降りきってしまってたんだろう。
前をいく一護にぶつかった。

「あ・・・、ここが玄関か」
「初めてだっけ? ホラ」

と一護が靴を放って寄越した。
「・・・スゲエ靴だなオイ」
「オヤジんだけどな。試してみたけどサイズは合うみたいだぜ」

俺も地味なほうじゃねえが、尸魂界と現世じゃさすがに違いすぎる。
これは派手というよりは複雑怪奇と言った方がいいんじゃねえかと思いつつ、
一護と並んで靴の紐をどうにか締める。
すると当然の疑問が浮かんでくる。

「・・・なあ一護。靴はともかく、どうやって俺のサイズ、わかったんだよ、義骸を裸に剥いて計ったのか?」
「んなことするわけねえだろッ! 俺はヘンタイか?!」
「じゃ、どうやって」
「普通に試着したに決まってんじゃねえか!」
「フツウにシチャクって・・・、あ、もしかしてテメエ、俺の義骸に入ったのか?!」
「あ・・・!!」

明らかにシマッタというツラを晒した一護が、あまりにも呆然としているので、
ここは突かない手はない。

「へぇ・・・・」

じーっと見つめると、ますます一護の顔に血が上っていく。

「・・・で、どうでしたか、入り心地は」
「丁寧語になってんじゃねえ!」
「着替えたってことはアレか? もしかして、」
「煩せェ!」
「何、怒鳴ってんだよ。何かやましいことでもあんのか?」
「無え! 無えに決まってんだろ! つか黙れ、煩せェッ!」
「怪しい。なんかあるんだな?! 絶対、洗いざらい聞き出してやる」
「聞き出されるようなことは何もねえ・・・、何にもしてねえぞ!」

何、ムキになってんだか。
つかマジ、一体テメエ、何したんだ、俺の義骸で。
答えによっちゃあタダじゃ置かねえ。


睨み続ける俺のキツい視線に覚悟を決めたのか、一護はふうっと一息、吐き出した。

「・・・仕様がねえだろ、世話ァ任されちまったもんはよ」
「せ・・・、世話?!」

世話って、義骸のか?
違うだろ、 世話じゃねえ!
保管だ、保管!
義骸相手に世話もへったくれもねえだろ、このバカ!
だが至極真面目なツラした一護は腕組みして眉間の皺を深くする。

「なんかさー、ずっと押入れに押し込んどくのもアレだろ? たまには日に当てないと」

って虫干しかよ、俺は布団か!

「で、フラフラしてたらアレな。オマエ、すっげえ目立つのな」
「・・・?」
「視線が痛てぇんだよ、こんなツラで制服着てるからだろ」
と俺の顔を睨みつつ、びろーんと頬をつまんで引っ張る。
「イテテテテっ!」
つか顔は関係ねえだろ、顔は!
「それにさ。夜、制服でうろうろしてっといろいろと面倒じゃねえか。だから服も、買ってきたんだよ」
何でテメエが面倒なんだよ。
つか夜ってなんだよ、まだ陽は高けぇじゃねえか。
「まあテメエのそのツラじゃ補導とかはねえだろうけどよー。制服マニアの変質者扱いされっかもしんねえし」
んだそりゃ?!
本気で腹立ってきた。
「いろいろ違うんだよ、尸魂界とはよ。けどまあこれだったら何とかなんだろ」

けど、一護がごつんと拳で俺の胸を突き、ニヤリと口の端で笑った。
その笑みが本当にまっすぐで、やんちゃで、一護らしすぎて、
義骸に勝手に入ったアレコレはともかく、
本気でいろいろと考えてたんだってことが伝わってきた。
あー・・・、これじゃ何にも言えねえよなあ。
ったく、ガキには敵わねえぜ。

「・・・わかった。じゃあ今日のところは不問にしてやる。だからテメエがおごれ。俺ァ腹減った」
「って何だよ、高校生にたかる気かよ?!」
「ったりめえだろ」
「テメエが出せ! 俺の財布はもう空っぽだチクショウ!」
「頼んでもねえのに余計な世話ァ焼くからだ、阿呆」
「可愛くねえ・・・・!」

ついに切れて立ち上がって叫んだくせに、
同じく立ち上がって見下ろすと、一護は俯いてしまった。
そのうなじがあまりにも赤く火照っていたので、
「後で思いっきり可愛くなってやるよ」
と囁いて真横から思いっきり抱きしめた。なのに、
「んなの絶対、信じねえぞ。テメエなんかに期待するもんか」
と腕組みしたまま負けず嫌いな言葉を返してくる。
この意地っ張りが。
唇が尖った横顔に笑いを止められない。



そうやって、いろんなことが少しだけクリアになった世界で、
玄関の、少しだけ開いたドアの隙間から漏れ入ってきたのは、
夕暮れ時の赤みがかった光と、祭の囃子の音。
あのドアを開ければ、外は桜の香りを含んだ空気に満たされているのだろう。
それこそが一護が俺に見せたかったものだろう。
一緒に歩きたかったんだろう。
それは今日だけのものだから。

ひと時の、けれど至上の平穏。
闘いに生きる俺たちは、それを何よりも欲しているのだろう。
なのに俺たちは中々、外への一歩を踏み出せないでいる。
春の一歩手前に留まり、こうやって抱き合って、失い続けてる何かを確かめている。


俺は、ぎゅうぎゅうと押し付けてくる一護の頭に鼻を摺り寄せた。
それは春というよりは夏の太陽の匂いがしてとても心地よかった。


→魅入る(「世話する」の続き)

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