視線を逸らす




「あー、チクショ!」

帰宅するなり一護は部屋へと駆け上がり、ベッドに体を投げ出した。

「…クソ、何やってんだ俺ッ!」

布団に突っ伏したまま怒鳴ると、顔が熱くて熱くてたまらない。
コンビニを出たところでばったりと会った、 いつもよりさらに天真爛漫な笑顔を浮かべた水色と、 事情が飲めこめず呆けた顔をした啓吾の姿が瞼の裏でちらついている。

─── ま、まさか、気付かれちゃいねえよな…?

いくら付き合いが長いとはいえ、頭の中まで覗かれてる訳はない。
だからあのとき、何を考えてたかなんてバレてるはずがない。
けれど。

「あああああ、クソッ! 何で俺もこんなもん、買ってんだよッ!」

一護は手にしていたコンビニの袋の中から取り出した小さな箱を壁に向かって投げようとした。
けれど、
「…ッ」
永遠にも感じられる数秒の逡巡の後、がくりと項垂れるに止まった。

ここは一護の部屋で、
つまり散々、恋次とやりまくってる現場な訳で、 しばらく会っていないこんな時は普段でもヤバいというのに、 今日に至っては散々、妄想した後なのだ。
顔に当たった布団の感触だけで、当然のようにあれやこれやが走馬灯のように暴走している。
だから当然、その大事な品を捨てられるわけも無い。
恋次が今日、来るという可能性は限りなくゼロに近いが、 明日、明後日、いや一週間以内ならもしかしたら来るかもしれない。
そうしたらコレを使って…!

脳裏を駆け巡る妄想に一護はうっと軽く呻き、その箱をそっと握り締めたまま背中を丸めた。
下半身にどんどん熱が溜まっていく。

─── 条件反射か?! 俺は犬か、犬なのか?!

制服のまま布団を被った 一護が、
「…うう、くそ、情けねえ…」
と顔をさらに顰めると、 箱の中身がカサカサと笑い声のような音を立てた気がした。




そもそもコトの始まりは、休み時間に啓吾が、
「いっちぐぉー、知ってたか! 今日はポッキーの日!」
と飛びついてきたのを足蹴にしたことだった。
「んだそりゃ。つか見つかったらヤベーだろーが」
と、啓吾が手にしていたポッキーをむしゃむしゃと処理してやっていると、
「あ、やっぱ一護もポッキー、食べるんだ」
と水色が一本、箱の中からポッキーを抜き取って口にした。
一護に踏まれてもがいている啓吾に目もくれないのはいつものことだが、 いつもに増して、意味ありげに清らかな笑顔が妙にカンに引っかかったので、
「…んだよ、俺がポッキー、食っちゃ悪リィか?」
と問い返すと、水色は小首を傾げた。

「甘くておいしいしいよね、チョコ」
「あ? ああ、まあな」
「あのね、チョコレートって体温で溶けるんだって」
「…?」
「それにね。少し尖ってるし、ちょっと硬いし、折れやすいし」
「…それがどうした?」
「いい刺激になるんだよね」
「はァ…?」
「一護は試したこと、ないんだ?」
「だから何が!」

苛々と声を荒げた一護に、水色はにっこりと笑いかけ、
「だからね。こういう使い方もあるってこと」
とその耳に口を寄せて、何事かを囁いた。
すると、あっという間に一護の顔が火を噴いた。

「…ッ!!!」

思わず 数メートル飛びずさると、 手にした箱からポッキーがバラバラと零れ落ちて床に散らばった。

「みみみ、水色…?!」
「一護ももうちょっとがんばろうね」
「が、がんばる?!」
「若いだけじゃすぐに飽きられちゃうってコト」
「…ッ!!!」

天使のような笑顔を浮かべた水色と、 床に散らばったポッキーを代わる代わる目にして、一護は完全に凍りついてしまった。
だが水色は動じることなく、ふふ、と口元だけで笑って、
あ、授業始まっちゃうよと、教室へと撤収を促したのだった。


その後の授業で、一護はもちろん上の空もいいところだった。
体を少し動かすと、啓吾から取り上げたままだったポッキーがポケットの中でカサリと音を立てる。
すると、さっき水色に耳打ちされたアレコレが甦る。
ポッキーをどう使うか、どう使えるか。
そんなこと、考えたことも無かった。
さっきまで唯の菓子だったポッキーが、とんでもないエロい道具に思えてきて、 そんなものをポケットに隠してドキドキしてる自分もまた、とんでもなく不謹慎な気がした。

─── にしても水色のヤツ、あんなこと言ってくるなんて、俺たちのこと、どこまで知ってるんだ?
まあでもあのアドバイスはどう考えたって、女相手のアレだよな?
ってことは俺の相手が男で、しかも死神とかって、絶対バレてねえよな?
つか死神とかそういうの、知ってるわけねえか。
あ、けど思いっきり年上だってことはバレてる気がする。けどいつの間に…。

うう、と頭を抱えると、またポケットの中でカサコソとポッキーが音を立てる。
それは軽くて密やかな音。
一齧りするだけですぐに口の中で甘く溶けて消えてしまう、小さい頃から大好きだったお菓子。
それをあんなことに使うなんて。

軽い罪悪感に苛まれた一護は、慌てて恋次のことに意識を逸らした。

─── そういや恋次、ポッキー、食ったことあったっけ?
…あー、あったあった、確かあったぜ。

少し前、宿題に苦戦していた一護の後ろで、 勝手に机を開けて見つけたそれを、ざくざくと食べていた気がする。
しかもメンズポッキーだったから、全然甘くないと文句を垂れまくってた気もする。

─── …のヤロウ、結局、全部食い散らかしやがって!
それに全然、エロくとかなかったぞ? なんでだ? 男だからか?

恋次がポッキーを食べてる姿を思い出してみたが、あの体格にあの顔だ。
水色のアドバイス通りにポッキーを舐めさせてみたりとかしても、あまりエロくはならない気がする。
そもそもあの短気な恋次が、たらたらとチョコを舐めるような真似をするとは思えない。
それに食ってるところを邪魔したらどんな目にあうか分からないからそっとしておきたい。
つまり、恋次相手にポッキーでエロいコトは起こりえない。
一護はがくりと項垂れた。
なんだか敗北感に似たものを感じたのだ。
だけど、と一護はぐっと宙を睨みつけた。

─── 恋次がエロくないわけじゃ、ねえ!

誰にともなく、一護は主張した。
本当に時々だけど、恋次が本気で仕掛けてくるときはとんでもなくエロい。
少なくとも一護には到底、抵抗できないエロさだと思う。
けどあれは多分、恋次がやる気になってるからだ。
でも食い物を目にした時の恋次は、やる気からは程遠い。
体中が食い気に満たされてる気がする。
つまるところ、一護のことなど眼中に入っていない。

─── あ! じゃあ、思いっきり食わして、
腹いっぱいになって満足したところでポッキープレイに入ればいいんじゃねえか?

満腹の恋次は容易い。
食欲が満たされた後に放置しておくとすぐに寝てしまうが、 食べ終わったタイミングを見計らって仕掛けると、結構、素直に乗ってきてくれることもある。
しかもそれが一護の与えた現世の菓子とかのときは、いつもより態度が丸くなる気もする。
その後に多少、無茶なことしても、そんなに怒ったりしないし、 むしろノリノリで仕掛け返してきてくれたりする(こともたまにある)。

─── よし…、これだ。この作戦で行こう!

一護は気を取り直した。
俄然、やる気になった。
そうなるとゲンキンなもので、さっきの水色のアドバイスをどう活かすか、
具体的なシチュエーションとしてすんなりと想像できる。
妄想の中の恋次はそれは見事な素直さで、ポッキーをつかって仕掛ける悪戯に応えてくれる。
一護の意地悪な要求にも、どうしても逆らえずに従ってしまう恋次は、 普段の姿からは想像もできないエロさで、ますます妄想はエスカレートする。

─── クソ、恋次め…。

ポッキーを咥えさせて、絶対折るなって言ったらどうなるだろう?
いつもなら堪えてる声を、素直に漏らしてくれるんじゃないだろうか。
思いっきり啼いてしまったら、その自分の声にどんな反応をみせるんだろう?

─── う…っ、ヤベェ…。

気がついたときにはもう遅い。
授業の真っ最中だというのに、本格的に前かがみになってしまった。
なのに走り出した妄想は止まるところを知らない。
未だ耳にしたことの無い、激しく喘ぐ恋次の声が頭の中で木霊している。

─── くそッ、まだ真昼間じゃねえか、こんなこと考えてる場合じゃねえッ。勝負は放課後だ!

一護は黒板を睨みつけ、そこに並ぶ字の羅列にできる限り集中し、なんとかその場を凌ぐことに専念した。



そして放課後。
ポッキーの日フェアを開催していたコンビニで、散々迷った末、
恋次の好きそうなミルク系のや冬限定のもの、ナッツがついたものや、
それから、ちょっと試してみても大丈夫かなと極細のポッキーなど数種類を買った。
コンビニの店員の、ありがとうございましたーというお決まりの挨拶が やけに爽やかに聞こえるのは、 きっと自分の心にやましいものがあるせいだろうと思いつつ、 外に一歩出た途端、水色と啓吾が通りかかった。
なんてタイミングだと身を隠す暇もなく、二人は一護に気づいてぱっと笑顔になった。

「一護!」
「コンビニ? 珍しいね」
「よ、よお…」

偶然、街角で会っただけだというのに動揺している一護に、水色は優しく微笑んだ。
そして、これも運命だから遊びに行こうぜとはしゃぐ啓吾を遮って、
「ポッキー、楽しんでね」
と意味ありげな捨て台詞を残して消えた。




「くっそー…、まさか水色のヤツ、啓吾にベラベラと喋りゃしねえだろうな?」

一護は、布団を被ったまま呟いた。
水色はいい友人だが、少し一般常識とズレているところがある。
からかってるのか唯の親切なのか分からない(けれど実用的な)アドバイスをくれるときの水色は、はっきり言って危険だ。
どう動くかさっぱり分からない。

─── ま、俺も一般常識ってヤツとは程遠いけどな…。

なんてったって待ち人というのは男で死神で刺青でうんとうんと年上で経験豊富で、 目の前の一護より食べ物の方を優先してしまうような恋人で。

─── あー…、なんか情けなくなってきた。

現実として、恋次に会えるのはいつなのかわからないし、
それまでこのポッキーを取っておいても、笑い飛ばされるのが関の山だと思う。
正直、虚しい。

せっかく買ってきたけど、と一護は布団の中で手にしていたポッキーの箱をじっと見た。
それは 恋次が好きだと踏んだ、甘めのミルクチョコレートのポッキーだった。
こんなものがあるから、変な想像をして、振り回されるのだ。
だったらもう食べて消してしまえばいい。
そうしたら明日、明後日と、水色たちに学校でからかわれるようなこともない。
それに大体、ポッキーの日は今日だけなわけだし、明日からは関係ないし。

「よし!」

一護は、箱を開けて、袋を取り出した。

「…って、なんだよ、溶けちまってるぜ」

布団の中に篭った熱のせいで、取り出したポッキーはくっつきあっていた。
なんだ、やっぱポッキープレイは無理だったかと、 少し虚しい気持ちで大きく口を開けて、まとめて食べてしまおうとしたその時、 思いっきり布団が引っ剥がされた。

「うおおッ?!」
「ヨウ。何してんだ、布団なんか被ってブツブツ独り言かよ、気持ち悪リィ」
「れれれ、恋次ッ!」
「んだよ、何、食ってんだ?」
「な、何でオマエ、今日、ここに…!!」
「アァ? 来ちゃ悪りィのか? つか俺にも寄越せ」
「あっ」

呆然とベッドに座りこんで布団を肩に掛けたままの一護を横目に、 派手な服を身につけた義骸姿の恋次は、一護が手にしていたポッキーを奪い取った。

「オマエ、いつからここに…」
「あ? ああ、今、来たとこだ。気が付けよ」

恋次はくっつきあったポッキーの束に食らいつきつつ、クイと顎で窓を指し示した。

「義骸のクセにまた窓からかよ! つか目立ち過ぎだろその格好!」

だが恋次は、文句を言う一護には構わず、結構ウマいななどと勝手なことをホザいた。
そのくせ、口の周りにはもう、ミルクチョコレートやクッキーの部分の屑がたっぷりとくっつけて、まるで子供のようだ。
ガクリと肩の力が抜けた一護は、枕を抱えて座りなおし、 もしゃもしゃとうまそうにポッキーを束を食い散らかしていく恋次の様子をじっくりと観察した。

─── やっぱ、色気とか無え。エロくなんか全然ならねえ。

さっきまでのあの高揚感は一体何だったのか。
ポッキーに感じてたあのエロさごと、あっさりどこかへ飛んでいってしまった。
恋次本人を目前にすると、その粗暴さというか、横暴さというか、 とにかく妄想の中の恋次は本当にマボロシだっだという実感がひしひしと湧いてきた。
やっぱり恋次は恋次で、ポッキーはポッキーで、その時点でかなり無理があったのだ。
ポッキー一本ぐらいでどうできる相手じゃない。

─── チクショイ!

一護が、手にしていた枕を思いっきり殴ると、恋次は驚いて一護を見た。

「一護…?」
「…」
「あ…、もしかしてまだ全然、食ってなかったのか?!
 悪りィ、もう一本しか残ってねえ」

気まずそうにポッキーを一本、手渡されて思わず、
「オウ、サンキュ」
と言うと、テメーが買ってきたんだろとすかさず恋次にツッコまれて、
「ああ、そういやそうだな」
と苦笑が漏れた。
そんな一護の様子に首を傾げる恋次は少し不安げで、
滅多に見せることの無い隙だらけのその表情に、心臓がドクンと大きく鳴って、思わず視線を逸らしてしまった。

─── クソ、恋次のヤロウ…。

こんな風に無防備な恋次は、 ポッキーでアレコレされてる妄想の中の恋次よりもずっと扇情的な気がする。
あのポッキー、何に使おうとしてたのか恋次が知ったら、こんな顔は見せてくれなかったに違いない。



「一護…?」
「…」
「オイ、一護! やっぱもう一箱買ってくるか?」

顔を逸らしたまま一護が黙り込んでいたのを、 食べ物の恨みのせいと受け取ったのであろう恋次は、窓に向かおうとした。

「あァ? いや、別にいらねえし。つかホラっ」
と一護が、床に放置していたコンビニの袋を投げてやると、中からポッキーの箱がいくつか転がり出た。

「うお?! ってなんだ、ずいぶん買い込んだな。全部、違う種類なのか?」

案の定、紅い眼をキラキラさせてポッキーを床に並べ出した恋次に、
一護は笑いを堪えつつ、平静を装って答えた。

「あ? ああ、他にもいろいろあるみてーだぜ」
「へええ、やっぱ現世はスゲえな。
 これは冬の限定か。菓子に冬もヘッタクレもねえだろ。
 お、なんかぶつぶつしてる。あーもんど? んだそりゃ。
 つか何だこりゃ、極細ポッキー? あれ以上細くしてどうすんだ、食い甲斐がねえじゃねえか!」
「う…」

一護の心臓がまた大きく跳ねた。
極細のポッキーは、あらぬ目的のために熟考の末に買ったもので、それを見抜かれたような気がしたからだ。

「…っせえ。そういう菓子は味わうためのもんなんだよ!」

急に声を荒げた一護を、恋次は不審げに見返した。

「味わってんじゃねえかよ。何、偉そうな口、きいてやがる」
「テメーの場合は、圧倒的に質より量だって言ってんだ」
「んだと?! テメエ、俺が味が分からない男だって言いてえのか?!」
「違うのか?」

青筋立ててくる恋次を相手にしながら、一護は内心、ほっとしていた。

─── やっぱりポッキープレイとか仕掛けなくてよかった。
コイツ相手じゃ絶対、エロくならねえ。途中で萎える。
つかいくら腹いっぱいでも、やってる途中で恋次が食い気に走らないという保証はねえ!

臨戦状態の自分を横目に、 いきなりわしゃわしゃとポッキーを食い出す恋次を想像すると、それだけで下っ腹が痛む気がする。

「っせえよ。つか俺の買ってきた菓子、勝手に食って、文句ばっか吼えてんじゃねえ」
「…んだと? テメエ、恩着せがましい面ァしてんじゃねえぞ! きっちり借りは返す!」

一護の言葉にいきなりキレた恋次は踵を返し、窓へと走った。

「ってオイ、恋次?! オマエ、どこへ行く気だ?」
「煩せェ! 今から本当の菓子ってヤツを買ってくるから、テメエはそこで待ってろ!」
「ってまさか…! オイ、待て、恋次ッ!!!」

だが引き止める手は届かず、ひらりと窓から飛び降りた恋次は、 道行く人々の驚いた顔など気にも留めず、ものすごいスピードで走っていった。
そしてその姿は、あっという間に小さくなって街角に消えた。

「…アイツ、どこに店があるのか知ってるのかよ。つか金、持ってんのか?」

部屋の窓から呆然とそれを見送っていた一護は、

─── 何、買ってくる気だろう? やっぱ鯛焼きか?
けどこの辺で鯛焼き売ってるとこはスーパーぐらいだし、アイツにゃ分かんねーだろ。
ってことはやっぱ白玉とかその辺か?
まさか尸魂界まで買いに行くんじゃねえか?!
せめて強盗とかしてませんように。

と不安になりながら、 しばらく宿題でもして待とうと、窓は開けたままにしておいた。



やがてコンビニの大きな袋を提げて戻ってきた恋次はやっぱり窓から入ってきたのだが、 その顔には満面の笑みが湛えられていて、一護を思いっきり不安にした。

「いいか、黒崎一護! 散々、テメーの菓子を食い散らかして悪かったな。これはせめてもの礼だ」
「…オマエ、一体、何を買ってきた…?」
「いいから開けろ!」
「…うッ、こ、これは…!!!」

袋の中は赤とピンクの色の洪水だった。
それもそのはず、袋一杯に詰まっていたのは苺味のポッキーだったのだ。

「…テメエ…!」

呻くような一護の声に、恋次はニヤリと不穏な笑みで応えた。

「なんでそれ、買ってこねえんだよ。ウマイだろ、いちご味」
「…いちごのアクセントが違うぞ、テメエ…!」
「そうか?」
「…つかテメエ、本当の菓子を買ってくるとかなんとか大口叩いたくせにコレかよ?!」
「ぶつぶついちごの何が悪いんだよ?」
「ぶつぶつじゃねえ! つぶつぶだ!」
「おー、そりゃ悪かったな。つか知ってるんじゃねーかよ」
「っせえッ!」

恋次の口元はニヤニヤと意地悪げに緩んだまま、一護の怒鳴り声にも全く動じる様子も無い。

─── こ、このヤロウ、絶対、ワザとだ!

一護の顔に一気に血が上った。
完全に立場が逆転してしまったことを実感して、 くるりと恋次に背を向け、乱暴に椅子に腰を下ろした。

「んだよ、食わねーのか?」

一護の背後でガサガサと音がした。
浮かれた恋次の声が、カンに触る。
一護が背を向けたまま黙っていると、
「お、やっぱりウマいじゃねえか」
と、バリバリと噛み砕く音が部屋中に響き出した。
その音の大きさから察するに、一本づつ食べてるとは思えない。
絶対、20本ぐらい束にして放り込むように食べている。
案の定、すぐに次の箱が開けられる音がした。

─── やっぱり質より量じゃねえか! 

ブチっと何かが切れて、振り向こうとした瞬間、
「うおおッ?!」
勢いよく椅子が回されて、バランスを崩した一護は振り落とされそうになった。
思わず掴んでしまったのは恋次の肩だったので、
「テ、テメエ…!」
と振り払おうとした。
だがその瞬間、床に膝を付いて見上げてくる恋次の口元に、何かが咥えられてるのが目に留まった。
その戸惑いに眼を細くした恋次は、一護の太腿に両手を置いて、ふっと笑った。
この笑い方にはいやというほど見覚えがある。
一護の目が大きく見開かれた。

ぱきっと、咥えられてたポッキーが折れて床に落ちた。

「…!」

恋次は薄く笑って、
「何、意地張ってんだよ」
と囁いた。

「何って…」
一護は自分の声が酷くかすれているのを感じた。

「うまいぜ、いちご味」
そう呟いた恋次が首を傾げた拍子に、真紅が視界いっぱいに広がったから、
一護は今さらながら、恋次が髪を下ろしていることに気がついて絶句した。
その一護の、抑えようの無い動揺にしばらくの沈黙で応えた恋次は、

「じゃ、こっちのいちごもな?」

とわざとらしいぐらい朗らかに言ってのけ、硬い布に覆われた一護の太腿を撫で上げた。
その感触と、限界を超えて熱くなる身体の芯を十分に感じながら、 一護は恋次の視線を受け止め、そしてゆっくりと机の上にあるポッキーの箱に手を伸ばした。



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11/11はポッキーの日。ツイッタ上でタイト氏が「メンズポッキーは…!」と煽ったせいで、やたら盛り上がったのです。月影さんの罪作り!
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