「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


「うお…ッ、い、一護?!」
「何、驚いてんだよ」
「いや、何って、…オマエ、寝てたんじゃねーのか?!」
「あんだけゴソゴソされりゃー、誰でも目ェ覚めるだろ」
「う…。っていつから…」

だが一護はその問いに応えず、
あれだけ恋次が苦心して残した布団をガバッと跳ね上げて床に下りてきた。

「で、帰んのかよ」
「あー…」

半ば怒ったような一護の眼を見て、
マズい、こりゃ質問じゃなくて詰問だなと、恋次は腹を決めた。

「ああ、もう戻る」
「…んでだよッ!!」
「怒鳴るな。家族、起きるぞ。つかもう朝だろ」
「まだ夜だ! ほら、月だって出てんじゃねーか!」
「そりゃオメエ、月なら一日中出っ放しだろ」
「そういう意味じゃねえ! つかいいからコッチ来いッ」
「うお…ッ?!」

手を掴まれたと思ったら、ものすごい勢いで寝床に投げ出された。
そして一護は間髪居れず、圧し掛かってきた。
二人分の体重を受けて、寝床がギシリと大きくたわんだ。

「お、おい、ちょっと待て一護!」
「いや、待たねえ」
「つか痛てェって! とにかく離せ」
「いや、離さねえ!」
「一護、オマエ何をそんなに怒って…?」
「んだよ、テメーこそ何がそんなに気に食わねーんだよ!」
「はぁ…? 気に食わない?」
「そうだよ。恋次、今日、ずっとヘンじゃねーか。
 やってる時だってずっと上の空だったじゃねーか。
 それに全然、寝てねえみたいだし、ため息ばっかだし、突然帰ろうとするし…。
 一体、何が気に食わねーんだよ、ちゃんと言ってみろ、あァ?!」

突然の一護の剣幕に、恋次は度肝を抜かれた。
だからつい、本音を漏らしてしまった。

「枕が…」
「枕…だと…?!」

一気に顔色を変えた一護を目の当たりにして、しまったと思ったが時、既に遅し。
ものすごい勢いで恋次と枕を見比べた一護は、深く深く眉間に皺を寄せた。
そして黙り込んだ。

よかれと思って贈ったものが原因で帰るというのだから、
思春期ど真ん中のこの一護の心は深く傷ついてしまったかもしれない。
まるで置き去りにされた子供のようなその様子の原因に、今更ながら思い至った恋次は、
圧し掛かられていることも忘れ、その表情に見入った。

「そっか…。枕か…」

一護は、確かめるように呟いた。
そして皮肉げな笑みを口元に浮かべた。
恋次は、そんな表情を一護に浮かべさせた自分を酷く恥じた。
と同時に、なんでそこまで気を使わなきゃならないのだと、
そもそも枕を口実に距離を置きたがったのは一護の方だろうと、頭のどこかが威勢よくキレた。

「…つかよー、一護。なんで今更、枕なんだよ、あァ?!」
「え…?」
「それに何であんなに柔らけーんだよ。テメエのとも全然、違うじゃねーか!」
「ああ、それは羽枕だから…」
「知ってるぜ。テメエが自分で言ったじゃねえか。けどなんで俺に羽なんだよ。似合わねーだろ」
「いや、似合う似合わねーの問題じゃねえし!」
「いや、そういう問題だ! そば殻かなんかにしろよ! 大体、テメーの枕だって羽じゃねえだろ。ほら、なんかジャラジャラ鳴るじゃねーか」

恋次が頭を動かすと、ちょうど下にあった一護の枕がジャラっと音を立てた。

「分かってる! けど…」
「けど、何だ?」
「けど…」

一護は一気に顔を赤くした。
明らかに形勢は逆転していた。
一護のことだ。
大方、店員の口車に乗せられて、
羽などという頓狂な素材で出来ている枕を買ったのだろうと思っていたが、
この様子だと何かもっと違う理由があったに違いない。
ここは畳み込むところだ、と恋次は声を低くした。

「…あ? んだよ。何黙ってやがる。何で羽枕にした、言ってみろ!」
「…つか、いいじゃねえかよ、枕のひとつやふたつ! 俺だって試してみたかったんだ!!」
「試す…? なんだテメエ、自分で使うつもりだったんじゃねーか」
「違う! ちゃんと恋次にやろうと思って買ったし、自分で使うつもりなんかねえ!」
「…どうだか」

まだ押さえつけられたままの恋次は、わざと視線だけを遠くに逸らせた。
その呆れきった表情に、一護はカッと頭に血を上らせた。

「ウソじゃねえッ!! つか蕎麦枕とか触ってもじゃりってするだけで、全然、ロマンが無えじゃねえか!!」
「触る…? ろまん…?」
「そうだよ! せっかくテメエが使う枕なんだぜ、…ッって…!!」

つい口を滑らせたことに気がついて、一護は慌てて口を塞いだが、
恋次の耳にはしっかり届いていた。

「…オイ、テメエ、この枕、何に使う気だ。まさかネタにして抜こうってんじゃねえだろうな」
「ぬ、抜く…ッ?! そ、そんなんじゃねえッ!!! 大体、そんなことしたら使えなくなるじゃねえかッ!!!」

あまりの慌て具合に、さすがにソレは無かったかと、恋次はじっくりと一護を睨み上げた。

「じゃ、何に使うつもりだったんだよ」
「何にも使わねえよッ! ただ…」
「ただ、何だよ?」
「ただ…」
「…ん?」

恋次がじーーーっと見つめ続けると、一護はやっと、消え入りそうな声で話し出した。


→企む4


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