「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


「眠れないときにいいかと思ったんだ。隣に誰かいるみたいで」
「は…?」
「だから! 恋次が寝た枕だと恋次の匂いがするだろ!」

俺の匂い、と思わず恋次が口の中で呟くと、
耳ざとく聞きつけた一護が、さらに顔を赤くした。

「だから! 蕎麦枕とかだと蕎麦の匂いもしそうじゃねえか!
 俺の使ってるタイプの枕だとうるさいし、そんなんだと余計眠れなくなるじゃえねか!」
「はぁ…」
「それに大体、硬いだろ!」
「まあな…。つかテメエの枕じゃダメなのか?」
「ったりめえだろ、俺の匂いが混じってたら意味がねえ!」
「じゃあいっそ義骸と寝ろよ」
「それじゃ俺がかわいそうな人みたいじゃねえか!」
「じゃあなんだっけ。ほら、ぼくさーとか」
「ボ…ッ! オマエは俺をヘンタイにしたいのかッ!!!」

匂いのついた枕と寝るという行為の、どこがヘンタイじゃないというのだろう。
鼻息だけは荒いのだが、説得力があるんだか無いんだか全く分からない弁明を受け流しながら、
恋次はまったく違うことを考えていた。

─── もしかして、俺を待ってしまうんだろうか。

大抵は訪れる日時を指定しているが、今日みたいにふらりと予告無しで遊びに来ることもある。
恋次が居るときこそ極めて寝つきのいい一護だが、
もしかしたら今日は恋次が来るかもと、期待してしまって眠れないことがあるのかもしれない。
だからこそ、恋次の匂いがする枕が欲しいと思ったのかもしれない。

─── くそ。クソ生意気なガキとばかり思ってたけど、可愛いとこもあるじゃねーか。

そんな一護に振り回されて距離を置かれたと落ち込んでた自分自身のことを、
恋次はアッサリと記憶から放り去った。
そして半身を起こし、一護に口付けようとした。
だが今や興奮しきってる一護がそれを許すわけもない。

「うぉッ?!」

改めて寝床に押し付けられたかと思ったら、頭を乱暴に持ち上げられ、
そして枕を入れ替えられた。

「これでよし! だからテメーはこれからこの枕で寝るんだ。いいなッ?」
「いいなって言われても…」

完全に開き直ったな、どこからツッコんでやろうと恋次が考えを廻らし始めると、
「…んだよ。そんなにイヤかよ」
と一気に一護は不安そうになった。
怒ったり照れたり困ったり、忙しいことだと、
ころころと変わる表情に、恋次は苦笑した。

それはともかく、一護の勝手な思惑に合わせて贈られた柔らかすぎるこの羽枕。
気に入らないのは気に入らないのだ。
こんな枕では、これからこの寝床でゆっくり眠れるわけも無い。
疲れが溜まってるときには、この枕のせいで、一護への足も遠のくかもしれない。
だからここは正直に行くべきだ。

「ああ、イヤだね。こんな手ごたえの無え枕じゃ寝れやしねえ」
「う…、そっか…」

恋次は、一護の首に腕を回した。

「だから…」
「うお…ッ?!」

上に圧し掛かっていた一護の腕を払い、
その勢いで、恋次は体勢を入れ替え、馬乗りになった。

「テメーがこの枕で寝ろ」
「え? 俺が?!」
「おう。で、俺がテメエの枕で寝る」
「マジかよ! んなことしたらせっかくの計画がパアだろ?!」
「ったりめーだ。テメエの企みなんかに乗ってやるもんか」
「テメエ、恋次…」

しばらく睨みあったが、さすがに分が悪いと悟ったのか、一護が折れた。

「分かったよ。俺がこれ、使う。だからもう寝ようぜ。空が明るくなってきた」
「あ、ほんとだ」

外を見遣ると、月も白々と光を失ってきてる。

「つか何やってんだ、俺たちゃ…」
「テメーが妙な枕とか買ってきたせいだろ。ったく、眠り損ねた」
「妙な枕、言うな! 高いんだぞ、あれ。あー、クソ。もう寝る。一時間近くは寝れるはずだ」
「一時間って、オメー、その方がキツくねえか?」
「キツくねえ。寝る。眠い」


→企む5


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