「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)


手に取る



ドンドンと、脱衣場を兼ねた洗面所中に響いた大きなノックの音に、一護は、濡れたままの肩をびくっと震わせた。
ドアの外に、妹の遊子の気配がしている。

「ねぇ、お兄ちゃん! まだシャワーしてるの? 開けていい? いいよね!」
「ちょ…ッ、ちょっと待て!! まだ開けるな!!」

真っ裸だぞオイ、いくらなんでもそりゃマズいだろと、身体を拭く手を止めて、一護はドアの鍵を確かめた。
ほっとしたところに、ドアのノブがガチャガチャと大きな音を立てた。

「あ、もう! 鍵まで掛けてる!」
「当たり前だろ」
「だって歯磨きしたいだけなのにー。ひどい、お兄ちゃん!」
「酷かねえ。つか誰も入れないとか言ってねえだろ、少し待てって」
「何で! 別にいいでしょ、兄妹なんだから」
「いや、それはダメだろ」
「何言ってんの! ずっと一緒にお風呂はいってたでしょ」
「そういう問題じゃねーだろ? オマエももういい年なんだから」
「だって遅刻しちゃうよー!」
「え? まだ早いだろ? お前たちの学校、近いんだし」
「今日、遠足なの! 早く学校に行かなきゃいけないの!」
「マジで?」

なんで、今日に限ってそんな日なんだよ?!
ヤベえ、このままじゃ夏梨も来る。ドアを突破される!
とにかく早く着替えなきゃ。

一護は、まだ雫の滴る髪にバスタオルを引っ掛けて、脱衣籠の中の下着を探し出した。
途端、ドンとドアが大きな音を立てた。

「うお…ッ。あー、びっくりした。夏梨だろ、今の。ドア、蹴るな!」
「なら早くしろよ、一兄! つか何で今日に限って朝っぱらからシャワーなんだよ?!」

っせえ!
こっちにもいろいろ事情ってもんがあるんだよッ!

幼い妹たちにはとても釈明できない事情を胸に、一護は胸の中で怒鳴った。

「ああもう…! とにかく早く入れろって! あたしたち、全然、一兄のハダカとか興味ないからッ!!」
「そうだよ、無いよ!」
「きょ、興味って…ッ!!」

そういう問題なのか?!
フツウ、逆なんじゃねえか?

「とにかく早くパンツ穿けって!」
「お兄ちゃん! 早くー!!」
「ああもう、っせえッ。今開けるっつってんだろ!!」

焦ってたせいで中々見つからなかった下着を手に、一護は妹たちに怒鳴り返した。

あああ、よかった。
やっと見つかった。
…ん? これ、見覚えがねえな。
遊子が買い足しておいてくれたのかな?
すっげ、派手だけど、趣味が変わったのか?
それとも夏梨が横槍入れたのか?

手に取った下着をじっと眺めては見たが、ほかに選択肢があるわけも無い。
とりあえず、それを穿くだけ穿いて、
「いいぞ」
とドアを開けると、妹たちが一団となってなだれ込んできた。

「もう、一兄、遅いッ!」
「今日、遠足なんだよ? 遅刻しちゃう!」
「悪りィ悪りィ。つか、いいから早く歯ァ磨けって。本当に遅刻するぜ?」
「きゃあ!」「やばッ」

きゃあきゃあと騒いで歯ブラシと歯磨き粉の争奪戦を繰り広げる妹たちを横に、制服のズボンを穿こうとしてた一護は、とんでもないことに気付いてしまった。

…って。
えええ?!
なんだこりゃ?!

確か、慌てて穿いた下着は、何の抵抗もなくスルっと臍まで来た。
その違和感に、何かがおかしいとは思っていた。

けど、なんだよコレ!
手ェ離すと落ちてしまいそうじゃねえか!
なんでこんなに緩いんだよ?!

「も、もしかして…!!」

オヤジのか?!
これ、よりによってオヤジだったのか?!
てっきりトランクス派だと思ってたのに、いつのまにボクサーに鞍替えしたのか。
く…。あの若作りめ!!
不覚過ぎた。

一護はガクリと項垂れた。

─── 脱ぐ。
絶対、脱いでやる!
こんなもん、一秒でも着てられっかっての!
ヘンな菌に感染しちまう。

下着に手をかけて思わず脱ごうとしたとき、
じっと静かに見つめている二人の視線に気がついた。

「うぉ…ッ!!! オマエら、まだ居たのかよ?!」
「うん。歯磨き、まだ終わってないし」
「う…。そりゃそうだけど」
「どうしたの、お兄ちゃん。パンツがどうかしたの?」
「いいかげん服、着ればいいじゃん」
「いや、それがそうもいかねえっつうか…。つかじろじろ見るな。早く出ろ!」
「えー、お兄ちゃん。冷たい」
「別に冷たかねえ。普通だ」
「冷たいよォ」
「遊子。一兄のことは、そっとしてあげなって。お年頃なんだからさー」
「えー。何それ!」
「か、夏梨…ッ!!」

予想外のことを冷静な顔でさらりと言ってのけた妹に、後ろ暗いところがありすぎる一護はビクリとした。

「夏梨ちゃんも冷たい。ていうかお兄ちゃん、お年頃…? そうなの?」
「え? 遊子、分かんない?」
「分かんないよ! だってお兄ちゃん、全然変わってないよ?」
「そう? ちゃんとよく見てみなよ」
「え? どこ?」


─── 待て待て待て。んな見るな!

一護はじっと見つめてくる二人の妹の視線の圧力に耐えかねて、手にしてたバスタオルを握り締めた。

夏梨のヤツ、俺の何が変ったって言うんだ?
どこも変わってねえぞ?
って、あ…!
もしかしたら何か身体に、恋次のつけた痕があったのか?

一護は恐る恐る、夏梨の顔を見た。
全て見通してるとでもいうような勝ち誇ったような表情が浮かんでいる。

ヤバい。
コレはなにか気付かれてるのは確実だ。
確かに昨夜は、いつになく激しかった。
だからこうやって朝っぱらからシャワー浴びる破目になってるんだけど、
あの時、 いくら声を抑えさせたと言っても、隣室まで霊圧が筒抜けだったのかもしれない。
真夜中だからと油断してたけど、目、覚まさせてしまったのかもしれない。
…ヤバいヤバいヤバい。
教育上、悪すぎる。
つか俺、本気で絶対絶命だ…!

一護は、手にしたバスタオルをぐるっと身体に巻いた。

「あ、隠した!」
「もう! お兄ちゃんのケチ!」

ケチ?!
ち、違わねえかソレ?!と一護が反論に口を開く前に、夏梨はたまらないという風にため息をついた。

「もう、仕様がねえなあ、一兄は…」
「ってなんなのよ、夏梨ちゃん。教えてよ!」

待て待て待てッ!!
そんなこと、遊子に喋るんじゃねえ!
それも俺の目の前で!

だが一護の願いも空しく、夏梨は胸を張って歯ブラシの先を一護に突きつけた。


→「手に取る」2

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