「動き続ける100の御題」より (配布元 / せっと)
「あーもう、見たでしょ、あんたも。一兄のパンツ」
「え? パンツ?」
パ、パンツ?!
遊子と同様、予想外すぎる答えに一護も驚いた。
「うん。一兄、趣味が変わってきたでしょ?」
「…うん。あんな大人っぽいパンツ、お兄ちゃん、もってなかったよね?」
「大人っぽい…。違うよ遊子。ああいうのは派手っていうの」
「だって! あのパンツ、お父さんのみたいだもん」
「だーかーら! オヤジのは大人じゃなくて、派手なだけなの!」
「うーん…。よく分からないけど。それが何か関係あるの?」
「あるよ! あーいうのってさ。やっぱ青春とかいうヤツじゃね? ヒトに見せてもいいパンツっていうかさ」
「えええ?! お兄ちゃんが…!!」
パニック顔で慌ててる遊子が一護を凝視してきたが、
一護自身、パニックに陥っていた。
よかった…。気付かれてたワケじゃねえのか。
つか今度からもっと気をつけよう。
…ていうか、ええ?!
コレ、オヤジのじゃねえのか?!
じゃあ誰のだ。
俺、こんなデカくて趣味の悪いパンツ、買った覚えはねえぞ?!
その時、脳裏に浮かんだのは、昨夜、部屋に戻ってきたときに目にした恋次の後姿だった。
一護が居ない間に部屋に忍び込んでることは決して珍しくは無いが、その日に限って、一護のタンスをゴソゴソと漁っていた。
何してるんだと問い質すと、現世の服の調査だと言い張った。
趣味が違うからムリだろと言ったら、サイズも違うしなとニヤリとした。
ヤケにガキくさい表情しやがってと思ったけど…。
じゃあコレ、恋次のかよ!
柄がオヤジ並みに派手なのもそれで理由が付く。
道理でデカい筈だ!
身体に巻いてたタオルを緩め、中を覗いてみる。
見覚えの無い下着。
おそらく義骸用とはいえ、一護の部屋に置くために恋次が選んだ、恋次のもの。
ひっそりとタンスの中、一護の服や下着に紛れて収まっていた。
一護は、顔に熱が集まってくるのを感じた。
んだよ、このありえない派手さ!
アイツ、どうやってこんな妙な柄、見つけ出したんだ?!
つか勝手に俺のタンス、使うんじゃねえ!
平常心を取り戻せ自分とばかりに、とりあえず下着の柄にツッコんではみたものの、やはり恋次のものを身につけてるというその事実に、頭の中がどうしようもなく暴走しだした。
昨夜と言っても、身体を交えたのはほんの数時間前に過ぎない。
余韻がまだ身体の隅々まで残ってる。
少しでも気を抜くと、鮮明すぎる記憶の中の恋次に取り込まれてしまう。
あの体温も、あの熱も、あの湿り気も、シャワーなんかで流しきれた訳がない。
「う…」
ヤバい。
あんまり思い出すと下半身が…。
妹たちの前で醜態を晒すわけには…!!
見上げると、妹たちが目をまん丸にして自分を凝視してきていた。
「お、お兄ちゃん…?」
「一兄。真っ赤だよ。もしかして図星だったの…?」
「ち、違…っ」
まさか想い人の下着をつけてたせいで下半身事情が混乱を極めてるなどと弁明できるわけもなく、一体どうすれば、と絶体絶命の危機に、一護は焦りに焦った。
その焦りに焦った妹の一人も、パニックになった。
「いやああ、お兄ちゃんが…! お兄ちゃんがぁっ!!」
「落ち着け、遊子! 俺の話を聞けッ!」
「だってお兄ちゃん…」
「ああもう、遊子。落ち着きなよ。いいかげん兄離れしてもいい年だよ?」
「だって夏梨ちゃん、お兄ちゃんがっ!」
「一兄ももう高校生なの! つかパンツの趣味の悪さを指摘されたぐらいで動揺すんなよ、一兄」
「う、煩せぇ」
「え、趣味…? そうなの、お兄ちゃん?!」
違う、これは俺んじゃねえ!
俺はこんな趣味なんか絶対してねえ!
「う…」
言い訳が喉元まで競りあがってきてるが、絶対口にしてはいけない。
遊子が縋るような眼をしている横で、夏梨はひどく呆れた顔をしている。
そうだ。バレてるわけじゃねえんだ。
落ち着け、俺!
けど兄としての威厳が台無しだ!
つか弟じゃなくて本当に良かった。
男同士だったら絶対バレてるぜ、こんなんじゃ。
自然と少し、前かがみになってしまってた自分の体勢のマズさを感じて、一護は怒りの矛先を恋次に向けた。
…ちくしょ。恋次のヤロウ。
全部テメーのせいだ。
次に会ったら絶対、泣かしてやるッ!!
八つ当たりを機に気合を取り戻し、一護はフンと胸を張った。
「こら! テメエら、ひとのパンツをエサに朝っぱらから遊ぶとはいい覚悟じゃねえか!
いいから、早く学校行けっ! 遅刻するぞッ!!」
「きゃあ、そうだった!」
「ヤベっ。急げ、遊子!」
きゃあきゃあと大騒ぎしながら走り出ていった妹たちの背にガクリと肩を落としたのは一瞬、
「ヤベ、俺も急がなきゃ!」
と慌てて脱衣籠の服を纏めて、一護も下着一枚のまま洗面所から走り出した。
途中で父親に声を掛けられたが、聞こえなかったフリしてとにかく部屋へと急いだ。
くしゃん。
バタンと後ろ手にドアを閉るのと同時に、大きなくしゃみがでた。
「うー。朝っぱらから散々だぜ」
ほっと一息ついて見回すと、やはりもう恋次の姿はなかった。
急いでたみたいだし、仕様がねえよな。
今朝は久々に二人して寝過ごして、一護が部屋を後にした時、恋次は慌てて髪を括り上げてるところだったから、きっとあのまま、尸魂界へと戻ったのだろう。
残り香のような恋次の霊圧が、部屋の空気にはまだ残ってるのにと、一護は少し、肩を落とした。
こんな風に別れの言葉もなく、次の約束もなく、ぽつんと一人取り残されると、やっぱり少し切ない。
けど。
一護はちらりとタンスを見た。
この部屋に、恋次のものが在る。
それも自分が知らない間に。
「へへ…」
まるで、これから何回も何回も会いに来るという宣言のようで、なんだか気恥ずかしい。
自然と頬が緩んでしまう自分の単純さも気恥ずかしい。
下着一枚だった一護は手にしてた服の束をベッドに投げ、自分もその横に腰掛けた。
「これ、どうすっかな」
ぶかぶかの下着。
買ったばかりなのか、まだ値札までついてる。
「んだよ。チクチクするはずだぜ。ちゃんとしろよなー」
そこには居ない恋次に話しかけながらぶちっと値札を取った拍子に、階下から妹たちの声が響いた。
「じゃああたしたち、もう行くよー!」
「お兄ちゃん、小島くん、来てるよ?」
「マジか!」
「うん。じゃあ行ってきます」
「気をつけて行って来いよ、遠足!」
窓を開けると、走っていく妹たちの背中が見えた。
そして、いつもの笑顔で手を振ってる友人も。
「悪りィ、ちょっと待っててくれ、空色。すぐ着替えるから!」
「うん」
慌てて制服のズボンに手を掛けた時、一瞬、下着を替えようかと躊躇った。
「…いっか。一日ぐらい。多少でかくても大丈夫だろ。…って、あれ? この靴下…」
続けて足を突っ込んだ靴下は真新しいもので、これまたひどく大きかった。
かかとのところが足首にくる。
「あー、くそ! これも恋次のかよ? 時間、無えんだぞ?!」
…ま、いっか。
ほんの一日ぐらい、いいだろ。
恋次がもし文句言って来たら、気付かなかったって言ってやろう。
勝手に俺のに混ぜたテメエが悪いんだ!
一護は、シャツのボタンを留めた後、ベルトに手を伸ばした。
「よし。コレは俺んだ。大丈夫!」
満足そうに頷いた一護は、カバンを掴み、階下へと急いだ。
なんだかすぐ側に恋次がいるような、そんな暖かい錯覚を抱きながら。
→「企む」
妹たちに逆セクハラされる一護兄ちゃん。
というわけで、押しかけ隠れ同棲・置きパンツ大作戦でした。
落ちかけてくるおっきいパンツとズルズルにおっきい靴下で一日中そりゃもう大変で、プンプン怒りながら帰宅してくると思われます。
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