「珍獣の飼い方10の基本」 (配布元 リライト)
きほんてきにマイペースです
「じゃ、元気でな」
顔合わせたら本音がばれそうだし、恋次のほっとした面なんて見たくもねーし。
だから振り向かずに手をひらひらと振って見せた。
バタン、と後ろ手に閉めたドアの音は至って普通。
掌にはじっとりと汗。
降りてみると、階下はいつものとおり、ごく普通の日常風景展開中。
妹達が騒いで、親父はくだらないことやって。
だから俺も何もなかった振りして、
普通にメシ食って、バカ話して、親父とケンカして、妹達に呆れられて、そんな日常やって。
何にも変わりゃしねー。
大体、死神とか尸魂界とか無いコトになってんだから、アイツがいてもいなくても変わるわけがねー。
俺以外は。
最初っから恋次なんて居ないんだから、この世界には。
アイツはこっちに紛れ込んだ異物だったんだ。
俺が無理やり引き寄せていた、縛り付けていた。
居心地、悪かったんだろうよ、ここも、俺も、何もかも。
元の所に戻れば、アイツだって楽になる。
あんな眼、しなくてもよくなる。
「おにいちゃん、さっさとお風呂入って! なんだか今日、ぼーっとしてるね、大丈夫?」
パジャマ姿の遊子が俺の顔を覗き込んでにっこり笑い、パタパタと台所の方へ走っていった。
あー、何やってんだろ、情けねー。
しっかりしよーぜ、俺。
気を取り直して風呂に入ろうと着替えを取りに部屋に戻ったら、恋次がいた。
見間違いかと、諦めきれずに夢でも見てんのかと思ったけど、ちゃんと恋次だ。
暗闇ん中でベッドの上、腕組んで胡坐かいて、
眼を瞑ったまま、彫像のように。
思わず息を飲んだ俺に、
「よお、遅かったじゃねーか」
と月明かりを受けて恋次が眼を開けた。
心臓が、どく、と大きく鳴った。
「何やってんだテメー」
我ながら情けないぐらいの掠れ声。
いきなり暴走しだした心臓に翻弄されて息もできない、頭もぐらつく。
「帰ったんじゃなかったのかよ」
俺を見据え、口は真一文字にに結んだまま。
恋次は微動だにしない。
「なんで居るんだよ」
何か言えよ。ケンカ売ってんのかよ。
「なんで帰らねーんだよ」
「・・・・・なんでなんでって煩えなあ、テメーは」
ひとつ息を吐いて組んでいた足を解き、床に降り立った。
その存在感で、部屋が狭く感じる。
僅か数歩の距離。
近づいてくる恋次がいつもより大きく見えて圧倒される。
躊躇なしに俺のテリトリーにあっさり踏み入ってきたから、反射的に一歩下がった。
「逃げるのかよ、テメーがよ?」
と、恋次がせせら笑う。
確かに、と俺も負けずに笑い返す。
「・・・・逃げんのはテメーの専売特許だもんな?」
「そうか?」
何だよ、その余裕。怒れよ、いつもみたいに。
「何で今日は逃げねーんだよ」
「何で逃げなきゃいけねーんだよ」
「知るかよ」
「じゃ訊くなよ」
「何なんだよそれ」
ああウゼェやめろ、と恋次が手を振る。
「おふざけはもう充分だ、ガキじゃあるめーし」
そして俺の頭を鷲掴みにした。
「ていきてきにけづくろいをしてあげましょう」恋次側>>
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