「珍獣の飼い方10の基本」 (配布元 リライト)
ていきてきにけづくろいをしてあげましょう
元気でなって、手ェ振って。
何なんだよ突然。
わかんねーよ、もう来るなって、会わねーってことかよ、何だそれ。
完全に呑まれた。また、やられた。
結局いつだって一護のほうが主導権取って、全部勝手に決めちまうんだ。
情けねえことに俺はいつも後手後手に廻っちまう。
大体、無理するなとか解放するとか、なんだそれ。
全部とっくの昔に変わっちまってんだよ。
人間とか現世とかテメーとか、
無理を押し通して関わりすぎるほど関わっちまったんだから、今更解放もへったくれもねえ。
いきなり責任放棄して遁走すんじゃねーよ、ガキが。
ごろ、と一護の定位置、ベッドの上に転がってみる。
主がいないだけで、ずいぶん広く無機質に感じた。
それでも一護のいない一護の部屋は、一護の気配に溢れてる。
手を伸ばしてみると、天井が近い。
一護の肩越しだと、遥か彼方に歪んで見えるというのに。
いつも窓の外ばかり見てた。
この一瞬さえ凌げば、あの空へ抜け出て楽になるのだと。
完全に捕らわれてしまう前、手遅れになる前にと逃げたけど、もう手綱がついてた。
だから遠ざかれば遠ざかるほど、頚が絞まる。
息ができない、苦しくてたまらない。
受け入れたのは、俺。
無かったことにしてたのも、俺。
矛盾を背負ってたのは一護。だから壊れた。
でも、こんなおふざけはもう終いだ。
腹ァ括れ、俺。
鷲掴みにした頭をぐりぐりと掻き回すと、
「何すんだよっ」
と叫んで、一護は俺の腕を振りほどいた。
肩を怒らせて威嚇してくる姿は、捕獲したばかりの獣みてえだ。
でもなあ。なんか泣きっ面なんだよ。自覚、ねえのか?
膝を少し曲げて一護のと同じ高さで視線を合わせた。
ぷいっとと一護が眼を逸らすから、苦笑いが漏れる。
何逃げてんだ。らしくねえぞ?
「一護」
答える気配はナシ。腕組んで、そっぽ向いて仁王立ち。
構って欲しいのか、それとも居なくなって欲しいのか。なんとか言え、何様だテメー。
「一護」
いい加減にしろよ。意地っ張りにも限度ってもんがあるだろ。
「おら、一護。こっち向けって。テメーにあわせて膝曲げてっからしんどい」
「誰も頼んでねーだろっ」
「誰も頼まれてねーな。でもな」
やっとこちらを向いた眼を見据える。
「そうしたいんだよ、わかるか?」
そう言って頬に手をやると、一護の眼が大きく見開かれて耳まで一気に真っ赤になった。
まあ見事なもんだ。
「・・・・笑うなっ」
「無理だろ、そりゃ」
突っ走ってるうちは主張も激しくて自信満々なくせに、立ち止まったり振り返った途端に不安定になるんだな、テメーは。
全く、ポーカーフェイスなんてテメーみたいな単純ガキには無理なんだって。
格好つけて別れようとしたって、大人ぶったって、バレまくりなんだって。
つかそんなガキに振り回されてる俺も一体何なんだよ。
腹ん中から笑いが込み上げてくる。もうだめだ。止まんねえ。
「爆笑、すんなっ」
「無理だっつってんだろ」
くそ、っと毒づいて一護が抱きついてきた。
いや、きっと、俺のこと抱きしめてるつもりなんだろうな。
抱き返して背中を撫でてやると、一護がふうっと息を吐いて力を抜いた。
「・・・逃げねーんだな?」
「テメーもな?」
俺の肩に額を擦り付けて、一護が呟いた。
「逃げんなよ。俺、キツイんだよ、テメーが逃げるから」
「仕様がねーだろ、いつもいつもテメーの調子に合わせてらんねーんだよ、
テメーとは元からソリが合わねーんだ、わかってんだろ」
一護が顔を上げた。むっとしている。
「そこを何とかするもんだろ、普通はよ」
「知るかよ、普通とか。こんな異常事態で何言ってんだテメー」
「異常って何だそれ!」
「ああうるせえ、怒鳴るなっ」
一触即発。
とそこへ甲高い子供の声が階下から響いてきた。
「おにいちゃーん、何騒いでんの? お風呂は?」
一護が俺を上目遣いで見る。不安だって顔にかいてある。
何だ、その面。さっきまでの勢いはどこ行った。
「ほら、行って来いよ」
と突き放すと、一護がちら、と窓をみる。
「帰らねえから、待ってっから。ほら、行って来い」
絶対だぞ?と指差して念押しした一護は、着替えを掻き集めて階段を駆け下りて行った。
物が壊れる音やお兄ちゃんどうしたのという一護の妹の悲鳴染みた声も聞こえる。
大騒ぎだな、こりゃ。
窓を開けると、強い風が吹き込んできた。
髪を下ろすと、風に靡く。
春の嵐ってやつか。台風みたいだな。
上半身を窓の外に乗り出すと、四方八方から吹いてくる風に煽られて、髪がまるで生きてるみたいに舞い、絡み合う。
俺の体の一部のくせに勝手しやがって。生意気だ。
ガシガシと髪を掻き毟り、大きく深呼吸をして伸びをする。
その途端、バタンと大きな音を立ててドアがあいた。
「何してやがんだテメー!」
「・・・・えらく早ぇな」
「ったりめーだ。テメーのことだ、いつ消えるかわかんねえ!」
「少しは信用しろよ」
そうため息をついた俺を無視して、一護はどかどか近づいてきて俺の襟首を掴んで部屋に引き戻した。
どうなんだよ、その扱いはよ。
「ああもう!こんなに髪の毛ぐちゃぐちゃにしやがって!」
文句吐きつつガラっと勢いよくガラス戸を閉める。
いや、だから逃げねえって。
でも一護は窓に鍵までかけた上、ちょっと待ってろと叫んでまた階段を駆け下りていった。
なんなんだ、この暴走振りは。ひどくなってねえか?
思わず笑いが込み上げる。
櫛でも取りにいったのか?
アイツは髪を弄るのが好きだからな。
でも今そんなことされたら俺は寝ちまうかもしれねえな。
そんな風に眠ってしまったら中々起きられないだろうし、もしかしたら朝まで一緒に居てしまうかもしれない。
俺より早く起きたらテメーはどんな面するんだろう。
してやったと勝ち誇るんだろうか、それとも安心して二度寝するんだろうか。
「恋次っ」
勢いよく階段を駆け上ってきた一護は、櫛を手にして息を切らしていた。
予想が当たって思わず噴出してしまったが、一護は構わず俺に近づいてきた。
「頭、出せよ」
「いいから、お前こそ頭出せ」
「あ?」
一護の肩にかけてあったタオルを奪い取って頭を拭いてやると、タオルがあっという間に湿っていく。
他人の世話焼く前に、自分の面倒ちゃんと見ろってんだバカ。
ちゃんと拭き取れたかどうか、髪を掻き分けて確認してる俺の手を一護が掴んだ。
「逃げんなよ。つか帰るときは一言言えよ」
「・・・・だからなんでテメーの許可がいるんだよ」
「俺がイヤだからに決まってんだろ。一緒にいてえし、勝手に帰られるのも真っ平ゴメンだ」
まあ照れもせずに抜けぬけと。
あまりの単刀直入さに声もでない。
真剣そのものの一護はそのまま俺の腕を引いた。眼が同じ高さになる。
「でも帰ってくるって分かってれば、俺は、大丈夫」
一護の眼があまりにも真っ直ぐで、しかも速攻、近づいてきた唇に口も塞がれて何も返せない。
呆然として硬直した俺に、
「今度は俺の番」
そう一護は囁いて、抱きついたまま俺の髪を梳き始めたから、気を取り直して、結局手櫛かよとからかうと、悪ィかよとムキになる。
だから悪かねーよと言って引き剥がし、改めて口唇を合わせた。
せっかく永久逃亡するチャンスだったのに。
多少、残念な気はするが、でも逃げようと思えばどうせいつでも逃げられる。
それに一護の風呂上りの肌は柔らかくて温かくて、髪を梳く手も気持ちよくて。
だから今だけはここを寝床と決めてもいいかもしれない。
もちろんそんなことをいうとこの子供は張り切って拘束しに来るだろうから、
虎視眈々と逃亡の機会を狙う振りして、その実のんびりとするのもいいかもしれない。
そんなこと、一護にはわかってるのかもしれないけれど、
もちろん俺もそんなことはおくびにも出さない。
そして結局のところ似たり寄ったりの俺たちは、春の宵を楽しんだ。
<終>
番外編「ケダモノ」(エロ) >>
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