「んッ・・・・!」
次に意識を取り戻したのは、息苦しさのせいだった。
すごくいい夢を見てた筈なのに。
溺れた水底から必死で手を伸ばすように無理やり眼を開けると、一護が唇を押し付けてきていた。

「い・・・ッ!!」

押しのけようとしたが、名を呼ぶ間もなく、問いただすことさえ出来ず、全身を寝床に押しつけられた。
息が詰まる。
なんなんだ、いきなり。
カッと頭に血が上った。
だが一護も人間の体のままだし、俺だって義骸に入ってる。
さっき、さんざん観察し倒した一護の細い身体の残像が瞼の裏に映った。
霊力を使わないのなら、俺が容易に勝てるはず。
このクソガキめ。
ひとが眠ってんの邪魔しやがるとは許せねえ。
蹴り飛ばしてやる。

「んッ・・・」

なのに押し付けられる唇から逃れられない。
何とか振り払おうと、突破口を求めて一護の顔を覗き込めば、
予想に反して不安げな光がその両眼に宿っている。

意表を突かれ、俺は抵抗するのを止めた。
だが一護の手は緩むことを知らなかった。
ガチっとぶつかった歯が音を立てた。
どこか切れたのか、薄く血の味が口に広がる。
がむしゃらに押し付けられるだけの唇は、始めたばかりの頃を思い出させた。
何やってんだテメエと、なんだか空しい気分になった。

唇同士をくっつければそれが口付けだと思う一護に、色事のいろはを少しづつ教えてきたのは俺だ。
決して物覚えがいいとは言えなかった。
すぐに暴走して、テンパって、先を急ぐ。
何事も勝負事にしてしまう。
だから唇で唇をなぞったり、舌を絡ませて引き出して吸ったり吸われたり、そうやって緩やかな快楽を身体に刻み付け、突っ走るだけが能じゃないことを教えてやった。
負けず嫌いの一護は、すぐにそのやり方を覚えて自分のものにした。
俺といえば、今度は口付けに夢中になりすぎた一護がごくりと喉を鳴らしてしまったり、それに煽られた自分の熱が暴走するのもひっそりと愉しんだ。
そうやって少しづつ仕込んできたのだ。
なのにまた出発点に戻ってる。
身体はあんなに成長したというのに。
急に反故にされた約束に、顔色ひとつ変えないで居られるほどになったというのに。

俺はため息をつきたくなった。
困ったもんだ。
そんな一護が愛しくて仕方がない。


押し付けられていた唇を横に滑らせ、追いかけた来たところを食んで、軽く吸った。
一瞬、動きが止まったから、今度は舌先で上唇の内側を突いた。
こんなに汗かいてるのに酷く乾いていてカサついてる。
だからゆっくりと舐め上げて、湿らせた。
硬直したところを再び吸い上げると、明らかに一護は引いた。
更に追いかけて、今度は斜めに唇を咥える。
一護が反応する前に直ぐに離して顎を引くと慌てて追いかけてきたから、鼻先で問いかけるように触れてみる。
くすぐったかったのだろう。逆に顔を寄せてきた。
だから頬に、頤に、唇に、そして皺が寄ったままの眉間に、顔中に軽く、触れるだけの口付けを降らせる。
唇を滑らせ、頬を擦り寄せ、全神経を集中させてその反応の柔らかさと甘さを味わう。

頤を舐め上げて辿り着いた先の耳元を齧ると、それまで為されるがままになっていた一護が、
「ん・・・」
と文句ありげな息を漏らして肘を立て、顔を離した。
眉間の皺が深くなってるのに笑いが漏れそうになるのを堪えた。
ぶるると頭を振って口の端に落として寄越した汗粒を舐め取ると、酷く甘い気がして頬が緩む。
そんな俺の表情を認めたのか、一護はクソッと毒づきながら半身を起こした。
その拍子に、鷲掴みにされてた俺の両手首もやっと解放された。

さあ、こっからが本番。
腕を一護の首にかけると、察しのいい一護の身体は、反射で強張った。
いつの間に脱いでたものか、裸の背をもう片方の手で撫で下ろすと、一護の身体は大きくしなった。
さすがに俺の悪巧みに気がついたんだろう。
少し焦った目を見せて、俺の両脇に着いてた両腕を更に突っ張って逃れようとしたが、もう片方の掌で後頭部を、同時に肘で背を押さえつけてるから、一護は身動きが取れない。
もちろん足も絡ませたままで、下半身の自由も奪っている。
そのまま背を撫で下ろした手を腰に回し、きつく抱き寄せ、うんと体を密着させた。
当然といえば当然、一護は身体を捻じって、俺の腕から抜け出そうとする。
体勢で言うと上になってる一護のほうがうんと優位だが、俺の腕が一護の身体の要所要所をしっかり捕らえられてしまってるから、もがくだけで中々抜け出せない。
そこへ追い討ちをかけるように、再び口唇を重ねて舌をねじ込んでみた。
予想外だったのか、それとも先ほどまでのあれこれが効いたのか、もしかしたら待っていたのか、 ほんの一呼吸も置かないうちに、くたりと力が抜けた。
内心ほくそ笑んだのは欠片も見せず、舌を一旦引いてみる。
すると今度は自分から口唇を深く合わせてくる。
褒美代わりに改めて舌を絡めると、さすがの意地っ張りも躊躇いがちながらやっと応えてきた。
ここまで来たらもう止まらないだろうと追求の手を緩めると、一護は改めて俺の手首を拘束した。
クソっと再び、小さく呟きながらも、うんと柔らかく、強請るように。


だが、そうやって散々、一護のことを翻弄しながら思い浮かべてたのは、あの背中だった。
俺を拒否するように、日の光を白く弾いてた。
子供の殻なんか脱ぎ捨てたみたいに、泰然と俺に背を向けていた。
どうしようもない隔たりを感じた。
だが今、あれはこの手の中にある。
しかも、逃げ出そうと足掻いてるくせに、囚われて逃げ出せないでいる。
自身の矛盾に翻弄されている。
薄目で一護の様子を伺うと、眉間に寄せられた皺が深くなっていて、その苦しげな表情に、どうしようもなく煽られる。
だから敢えて身体から力を抜き、一護に任せる。
さっきとは異なる調子で荒くなったその息の調子にひとりほくそ笑む。





→「Kissy-kissy 3」


<<back