ふと。
そうやっていつもの快楽の波を漂いだしたとき、聞き覚えのある音楽がラジオから流れ出した。
確かこの歌は、流れるたびに一護が慌てて消していた他愛も無い現世の恋歌。
早くなり続ける時間の流れと同じく、流行ったと思えば直ぐに廃れる。
その儚さ自体が、現世の人々の恋歌のようだと思いながら耳を傾けていた俺の心も知らず、いちご、という自分の名と同じ響きの果実名を連発するこの歌に、面白いぐらい過剰に一護は反応していた。
それがおかしくって、わざとラジオを弄って探してみたりしていたが、いつも真っ赤に怒った一護に邪魔されてしまった。
俺は、今度こそ一護が徹底して隠そうとするその歌詞を聞き取ろうと、すっかりその音楽に没頭した。
小さな音だし、早口の歌だから、一護が立てる衣擦れの音さえ煩わしい。
勢い、一護の稚拙な愛撫に対する反応もおざなりになるが、ほんの少しの間だ。
かまわないだろう。

しかし。
なるほどこうやって通して聴くと、一護が照れてしまうのも仕方がないとも思えた。
歯が浮くような甘い歌詞なのに、軽い曲調のせいか、それはそれで調和している気がする。

夏の恋、というヤツか。
そんな言葉を照れも無く口に出来るぐらいには、自分は年を取ったと思う。
甘いイチゴ、とか、頬張るように愛してとか、そんな気恥ずかしい台詞、口にされてしまえば笑ってしまうけど、でも、俺はともかく、一護にこの上なく合っている気もする。
本人は嫌うだろうけど。

薄く眼を開けてみると、一護は全くラジオには無関心で、目前の情交に没頭していた。
再び拘束を逃れた手を伸ばし、頭をそっと撫でても反応もない。
湿った柔らかい髪の感触が、指の間に残るだけ。
真剣そのものの表情とのアンバランスさに、揶揄したい気持がむくむくと鎌首をもたげる。

その一方で、少し不安にもなる。
一護は、本当にあの曲に似合うぐらいの現世の少年なのだ。
いや。多分、この様子からすると、あの曲にさえ少し早いぐらいの子供。
それが、普通の高校生とは程遠い生き方を送るようになってしまった。
しかもこうやって俺と逢引するようになってしまった。
今更、考えても仕方がないことではあるけど、本気なのもウソではないけど、だけど、迷っていたのも本当。
走り出したのは一護が先だけど、俺だって抑えきれずにいたんだ。
同罪、というよりは、年を重ねてる分だけうんと俺の罪が重い。
けれどコレも所詮、この歌と同じ、夏の恋、なのかもしれない。
過ぎ去ることが前提の、一過性の熱。
情に発し、勘違いとよく似た熱病みたいな恋情。
それはそれでとてもいいことなのかもしれないが。

自分の気持と、迷い込んだ袋小路の深さに自覚がありすぎるせいか、知らず、重いため息が漏れた。



バンッと耳元で立てられた大きな音に驚いて眼を開けると、真正面の一護の視線とぶつかった。
音はどうやら、一護が拳で寝床を殴って立てたもののようだった。
ベッドが不自然に揺れている。
そして一護は明らかにキレていた。

「いち…?」
「テ…メエ」
「…んだよ…?」

ラジオはちょうど例の曲を終えたところで、「いちごッ」という最後のフレーズが空気に漂っていた。
それはとても甘い響きなのに、一護本人はしかめっ面をしている。
何も耳に入っていないらしい。
一体、何を怒っているんだ。訳がわからない。
なのに一護は、俺の戸惑いにも疑問にも応えることなく、もういいと言い捨てて、身を起こした。

「一護・・・?」
後ろ手をついて半身を起こすと、ベッドがまた軋み、
首から胸にかけて汗が流れ落ちた。

とん、と軽い音を立てて床に下りた一護は、シャツを拾い上げた。
その背にも脇腹にも汗が流れ、光っている。
やけに暑いなと窓を見遣れば案の定、しっかりと閉じられていた。
半ば習慣化してしまった、年齢に似合わぬ一護の用意周到さが苦笑を誘う。
その一方で、引かれたカーテン越しに照り付けてくる日差しはこんなに強いのだから、せめてクーラーとやらをつければよかったんじゃないだろうかと、抜け具合にも笑いが漏れる。

視線を一護に戻すと、目が合った。
けれど一護は何も言わなかった。
表情も硬く強張っている。
さっきまであんなに夢中で口付けしていたのに。
あまりの突然の変化に、なんて言葉をかけていいかわからない。

やけに雄弁な沈黙が落ちた。
ため息さえ聞こえない。
なのに付けっぱなしのラジオは飽きもせず、
無頓着すぎる明るい歌を流し続けている。

ベッドの端に、無言で俺に背を向けて座った一護は、シャツを無造作に羽織った。
ボタンを留め終えると俺に背を向けたまま、後ろ手をついた。
背を軽く丸め、項垂れているせいだろうか。
まだ肩から首にかけて線が細い。
だとしても、この年齢にしては充分に逞しい方だろう。
子供や少年というよりは、雄の色が強くなってきている。

キレイなもんだと一瞬、見蕩れた時、ふうと小さく、一護が息を吐き出した。
すると今度はやたらと所在なさげに見える。
小さく、幼く見える。
何だか見てはいけないもの、
本人が必死で隠してた何かを覗き見してしまった気がして、
「悪りィ、一護」
と反射的に抱き締めてしまった。
考えるより先に、言葉がするりと口をついて滑り落ちてしまった。
だって背中から抱き締める身体はまだ細い。
確かに肩幅も身体の厚みも増した。
それから首の太さも、大人に近づいてるのが分かる。
けど、まだまだなんだ。
もうちょっとそこに留まっていてくれ。
ムチャな願いを込めて、ぎゅっと強く抱き締めた。




→「Kissy-kissy 4」


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