Melting Black
ちゅ、と恋次の唇が立てる音がやけに耳について、一護は両耳を塞ぎたくなった。
「ちょ・・・、手ェ離せよ・・・ッ」
堪らず抗議の声を上げると、恋次は、たっぷりと10秒は沈黙した後、訝しげに首を傾げた。
紅い髪が蛍光灯の光を弾きながら、肩を覆う死覇装の黒の上を流れる。
その色に動揺して、一護は黙り込んでしまった。
確かに今日の恋次は、最初っから少し変だった。
来訪直後、ほとんど口も開かぬうちに髪紐を解いた。
そして一護をベッドに座らせ、軽く開かせた両足の間に跪いた。
何やってんだテメエという一護の疑問は、明らかに欲情した紅い眼の色に一蹴された。
ただ、あの時はこんな羽目に陥るなんて思いもしなかった。
もっと違うことを期待していた。
一護は視線を逸らしざま、ベッドの端をきつく掴んだままの自分の両手を見遣ったが、恋次の大きな両手にそれぞれすっぽりと覆われて、見えるのは指先だけ。
それが今の二人の立場を象徴してるようで、一護は焦った。
主導権をとられるのはいつものことだったが、服も脱がぬうちからこんな風にされるのは初めてで、身に纏ったままの衣服がいつになく不自然できつく感られ、さっさと脱ぎ去りたい衝動に駆られるが、恋次の両手と視線に絡み取られて、身動きさえ儘ならない。
慣れぬ色の興奮に、一護の息が上がっていく。
一護が黙り込んだのをこれ幸いとばかりに、恋次はそれぞれ掴んだ一護の両手を引き、上半身を寄せ、今度は耳元に口付けを施した。
反抗する隙さえ与えず、ひたすら一護の柔く無抵抗な耳を舐る。
舌先で、耳の縁や襞の内側をゆっくりとなぞる。
慣れぬ刺激で一護が身体をひくつかせるたびに、唇を押し付けて柔らかく宥める。
それでいて時々吹き込む息には、恋次自身の興奮を充分に乗せたから、期待に違わずそれを感じ取った一護は更に煽られて身体を硬くする。
直接的な快楽とは別の愉悦が、恋次の熟した欲をも充分以上に満たしてくれる。
たまんねえなあと、恋次は眼を細め、今度は首筋へと標的を移す。
案の定、一護は大きく反応を返す。
すっかり息が上がりきった頃、やっと恋次の身体が離れていくのを感じ、一護がほっと一息つけたのは一瞬だけ。
その表情に煽られてすばやく取って返した恋次が、一護の耳朶を一噛みした。
「ん・・・ッ」
当然、一護は甘い痛みに息を呑む。
けれど伏せられた赤褐色の睫毛の下の意味ありげな視線は見逃してない。
何とか抑えていた欲が一気に煽られて、ずんと腰の辺りが重くなる。
今、口を開いたらきっと、どうしようもない声になる。
だから唇を噛締める。
すると予想していたかのように、恋次の唇が近づいてくる。
硬く鎖された唇を、柔らかく解れた唇で撫でていく。
慰め、宥めるようなキス。
からかってんのかよチクショウ、いつだってそうだ、と一護は悔しく思う。
だけどもう、眼だって瞑ってしまう。
何やってんだよ俺、もう白旗あげてんのかよと情けなくは思うけど、実際、抵抗の仕様がないし、先行きにだって興味があるのだから仕方がない。
年相応に絶えず湧き上がってくる熱が、素直な性欲となって爪の先まで支配してるのも自覚している。
なら腹を括ってしまえと、半ばやけっぱちにきつく両目を瞑る。
すると世界が、恋次が引き起こす音と感触だけに満たされる。
次に恋次が触れてくるのはどこだろう?
何を仕掛けてくるのだろう?
ろくな経験も無いくせに、まるで酒に呑まれてるみたいだと、一護は浅い酔いに身を任せた。
「イテ・・・ッ」
だが酩酊に似たその浮遊感を邪魔したのは、頬に走った思わぬ痛み。
それはとても小さなものだったが、一護を正気に引き戻すには充分だった。
「・・・ぶっ」
派手な噴出し音に眼を開けてみたが、蛍光灯の明りが眩しすぎてよく見えない。
それでも視界を占めるのは、ここしばらく無沙汰していた派手すぎる赤色。
かすかに震えている。
つまり、恋次が思いっきり笑っているのと気づいた一護は、瞬間、頭が沸騰するのを感じた。
そして素早く自己防衛に入る。
「テ・・・ッ、テ、テメエ・・・ッ、何しやがんだッ、このエロ死神ッ!!」
途端、恋次は爆笑する。
さっきまでのあの雰囲気はどこにいったのか、全くの別人だと思えるほどの勢いで、恋次は笑い倒す。
すっかり取り残された一護は、ようやく解放された腕を憮然と組む。
その足元で、恋次は腹を抱え、床に転がって笑っている。
終いには、ひーひーと息を切らしはじめた。
さすがに怒りよりも呆れが先に立った一護は、足先で恋次を突いてみる。
それでも恋次は笑っている。
「オマエなあ・・・」
思わぬ展開ですっかり覚めてしまった一護は、ベッドに腰掛けたまま、床に転がって笑い続ける恋次を呆然と見下ろした。
だがその喉がごくりと鳴る。
きっちり着込まれてた死覇装が乱れている。
一応、隠そうとでもしているのか、両腕が顔に被さっている。
その腕はすっかり剥き出しになって、上腕に彫った墨まで見えそうな勢い。
床に流れる髪も乱れて、それがまるで情事の真っ最中のようで、吐き出し口を求めて身体中を巡る熱が、迸り出るのを抑えられない。
→ Melting Black 2
2009.3 ホワイトデイ
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