どちらが盾で、どちらが矛か。
互いを拒み傷つけ求め、それでも尚、共存し続ける。


矛盾  一護 - the grief -



友人の父親が死んだ。親しい仲だったわけじゃない。
ただ、死に方が似ていた。
我が子を庇って死んだというその父親。遺影が微笑んでいた。
葬儀の席、友人は石のように固まったままだった。

部屋に戻り、喪服の上着を椅子に掛けてベッドに腰を下ろす。
どさっと思いのほか重い音がする。
身体に染み付いた線香と菊の匂いが部屋中に充満し、記憶を、あのときの感情を呼び起こす。

重い。
忘れていたこの悔恨。胸が痛い。
なぜおふくろは死んだ。俺が死ねばよかったんだ。
死んでいいはずがない、俺より価値のあった人。でも俺を庇って死んじまった。
だから河原を探し続けたんだ。
いつまでも会えなかった。寂しかった。
それに一言謝りたかったんだ。謝って許して欲しかった。
でも成仏しちまった。俺達に未練のカケラも残さず。悲しかった。
虚に喰われたから消えただなんて知らなかったから、ただ哀しかった。

俺が居なければ消えてなかったはずの人。
見えないことをあんなに苦しく思ったことはない。
見える能力のせいであんなことになったと知りながら、その能力に縋りついた。
結局、探し続けている。
今もあの時も。
そうせずにはいられない、その矛盾。

ベッドに仰向けになり、顔を掌で覆った。
指の隙間から天井を見つめる。

雨は止んだと思っていた。
力を得、仇と戦い、ルキアを救い出し、仲間を得、そのたびに雨は止んだ。
おふくろが、強くなったのねとほめてくれてるような気さえした。
でも何度止んでもまたいつの間にか降り出す。
霧雨、小雨、そして車軸の如く。
雨が多いこの国では、雨に関する言葉が豊富だ。
そして、言霊に呼応するように降り続く雨、濡れて纏わり付く衣服、冷えた手足、涙のように顔を塗らす。
すべて幻覚。
止めても止めても、あの雨音が耳を突く。
鼓膜を震わせて、世界に響く雨音が針のように全身を穿つ。
痛い、寒い。

俺は自分自身を哀れむ。
可哀想なガキのころの俺。
そして可哀想な今の俺。
口に出さない、心の表面にも顔を出させないその感情、自己憐憫。
ふとした隙間を縫って封印を破り、一瞬だけ顔を出す。

消えろ。
そんな俺は俺じゃない。

負の力には正を加えれば打ち消せるはず。
じゃあ正の感情ってなんだ。嬉しいことか、楽しいことか。
違うだろう。嬉しいことも悲しいことも、悲しみを深くするだけだ。
負の感情は奥深くもぐりこんで、表面に噴出して俺を支配するチャンスを狙っている。
ほら、奥底であの眼が光る。
あれは鬼だ。俺と根を同じくする。
いっそそちら側に行ってしまおうか、と思う。

深呼吸を数回繰り返す。手を強く握り締める。
食い込む爪の痛みが心地いい。

大丈夫だ、俺は。
爪が皮膚を食い破る。

「・・・・・大丈夫だ、俺は」

誰に伝えるわけでもなく口に出す。
爪の先、食い込んだ先から生温い血が滲み出てくる。
なぜ俺は生きていて、血が流れている?

「大丈夫だ、俺は」

「なーにが大丈夫なんだテメー、くたばりそうな顔しやがって」

突然降ってきた乱暴な言葉に俺は跳ね起きた。

「恋次!」

部屋の真ん中に仁王立ちするその様は、まるで部屋の主のようだ。
いつもより眼が強い。視線には圧力があるんだ、と思った。
どすどすと足音高く歩いてきて、俺の隣にどっかと腰を下ろす。
その居丈高な態度。
なんて偉そうなやつなんだ。
でもその圧倒的な存在感が、俺の闇を、馬鹿げた考えを吹き飛ばした。
だからその胸に自分を落とした。


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