ミイラ男だよ



なあ恋次、となんとなく声に出して呼んでみたら、
んー何だと、ひどくダルそうながら、ちゃんと返事があった。
寝てなかったんだと、枕に突っ伏してた顔を上げると、
横に同じように枕に突っ伏してた恋次が、髪の隙間からこっちを見てた。
深紅の髪が幾筋も汗で張り付いてるせいか、
その向こうに見え隠れする裸の肩の墨の色が、いつもより深く見える。
うっかり見蕩れてたら、
「なんだよ?」
とう一度、今度はかなりキツい口調で訊かれた。

「あ…、いや、何でもねーけどよ」

つか起きてるのかなあとか、そんだけだったんだけど。

「…んだよ、何でもねえんだったら呼ぶなよ」
「いーじゃねえかよ、減るもんじゃねえし」
「いや、減る」
「減らねえよ、ガキかっての。…恋次、恋次。ホラ減らねえだろ、れーんじー、れんじれんじれーんーじー」
「嫌がらせかよオイ。つかガキはテメエだっての」
「れんじれんじれん…、あれ? なんかジレンになった」
「アホか。じゃあテメエもゴイチじゃねえか」
「ゴ…、ゴイチィ?! なんだその種撒いてそうな名前はッ」
「んだそりゃ。つかイイじゃねえか、死神代行、黒崎ゴイチ。イチゴより強そうだぜ?」
「誰がゴイチ…ッ!!!」

肘を立てて上半身を起こすと、恋次もごろんと身体を返して仰向けになった。
どうしたゴイチーなどと俺を怒らせるようなことを言ってくるけど、
でも笑顔がすごく穏やかだし、口調だって柔らかいし、全然、怒る気にならない。
身体を重ねた直後なせいだからかもしんないな。
髪とおんなじに真紅に光る瞳は穏やかで、くぐもった笑い声だってすごく優しくって。

だからまた、 恋次と呼んでみた。
そしたら恋次は、何だゴイチと返事した。
テメーしつこいぞと俺は思わず笑った。
恋次は、してやったとばかりにゴイチゴイチと繰り返したが、
じっと見てたら、一護、とちゃんと俺の名を呼んだ。

俺はたぶん、笑ってたと思う。
恋次は呆れたような笑顔で俺を見てたけど。
だって永遠に続くような、とろりと溶けてしまうような、この柔らかい時間がすごく好きなんだ。
なんだかたまらなくなる。

思わず手を伸ばすと、恋次もゆっくりと眼を閉じて応えてきた。
このままもう一回、いいかな、いいんだよな、なんて思いながら、
まだ湿ったままの髪に指を絡めようとした瞬間、
耳慣れない電子音が唐突に鳴り響き、止まった。

「ひッ…」
「うおっ?! な、なんだ?」

タイミングがタイミングだけに、お互い、びっくうと固まった。
何だよ一体?!
心臓がバクバク言ってる。
思わず眼を見合わせたら、恋次が、
「あ...、これ、俺んだ」
と言った。

「恋次の? 伝令神機か?」

なら最初に気がつけよ、一緒にビビってんじゃねえよ!
つかヤケに軽い着信音だったな。
変えたばっかりなのか?
…恋次、趣味が変わったんじゃねえか、大丈夫かコイツ?

不審げな俺の視線に気がついたか、
「ありゃあ俺じゃねえよ。ルキアが勝手に設定したんだ」
「…ってことは今の」
「ああ、ルキアからの連絡だろ」

ふーんと無表情を装ったつもりが、恋次にはバレてたらしい。
俺を見て片眉を上げた。

「テメエのもちゃんと音、変えたぜ?」
「え…! マジで? 恋次、テメエ、そんな器用な真似、できんのか?!」
「そこかよ?! きゃー嬉しいとか素直に言ってみやがれこのヤロウ」
「言うかッ」

怒鳴りつけた俺をじーっと見返した 恋次は、
あークソとか何とか呟きながら、あっさりと俺の手を払ってベッドから降りた。
そしてそのまま、俺の方なんか見向きもせずに、
脱ぎ散らかされたままの死覇装の山の中から伝令神機を探し出した。

ちょ…、 嬉しいに決まってんだろ!
そこんとこ察しろよ!
マジにイラついてんじゃねえよ!

「恋次…!」
「なんか急用かもしんねえからよ」

俺に後ろ手をひらひらと振ってから、ゴソゴソと伝令神機を弄りってる。
ピ、ピ、という無機質な音が響き渡った。

ンだよ、それ。あんまりじゃねえ?
つか 続きはナシかよ?!
ルキアのヤロウ…。

俺が布団に包まったまま拳を握り締めたその時、

「え…、マジかよッ」

いきなり恋次が叫んだ。

「ンだよ、また無理難題、押し付けられたのかー」

いつものことだろ。
つかテメエも律儀に一々、やってやるこたねーだろ。
白哉もいるんだしよー、過保護も大概にしろよ?

だが振り向いた恋次の顔はいつになく真剣だった。

「いや、違う。ヤバい」
「何がだよ」

そしてドスドスと足音も高らかに、ベッドに戻ってきた。

お、続きやるのか、続き?

布団を開けてやろうとしたら、恋次は伝令神機を押し付けてきた。

「ほら」
「は…?」
「一護、テメーも今すぐ、服を着ろ」
「え?!」

押し付けられた画面を見遣ると、
例の仰々しい口調そのままのメッセージが浮かんでいた。

「…現世時間で四時きっかりに茶菓子を用意して待つように…って、マジかよ、ルキア、来るのかよ?!」

俺の叫びに、恋次はコクコクと頷いた。


→ミイラ男だよ2


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