残響 3 



「どうしたんだよ、恋次。何、後ろに隠してるんだ?」
「…いや」
「オマエ、それ、蛇尾丸じゃねえか。…まさか虚が出たのか。なら俺も…!」
「いや違う! …いや、何でもねえんだ!」
「え? でも今、蛇尾丸を…」
「いや、手入れしようかと思っただけだ」
「…そうなのか?」
「ああ。緊急招集でもなけりゃ、明日午後までは完全に非番だしな」

そうだ。
ここで俺がどうあがく必要もない。
現世でも尸魂界でも、山ほどの死神達が警戒に当たっている。

起こしてすまなかったなと心の中で蛇尾丸に謝りながら、 ゆっくりと部屋の隅に押しやると、一護は目に見えて肩の力を抜いた。
けれど眼を逸らしたまま、
「んだよ、なんか今日の恋次、訳分かんねえ」
と不機嫌そうに口が尖らせた。
それは、こんなふうに情事の合間にだけ気まぐれに見せるようになった癖のひとつだった。

齢はまだ十六とはいえ、男を花に例えるのはどうかとも思うが、 そうやって段々と、年相応の姿を見せるようになっていく姿はやはり、 硬く閉ざしていた蕾が綻ぶのに似ていた。
俺は、その唇をに触れたくて、思わず手を伸ばしていた。



指先でそっと、尖ったままの下唇に触れる。
柔らかなそれは、少し躊躇った後、僅かに開いた。
ずいぶん素直になったものだと、誘われるまま指を忍ばせると、 温かく湿った唇がふわりと指を咥え込んだ。

外からだとずいぶん依怙地に見える唇は、その雄弁さを内側に潜めていたらしい。
冷え切った指の根元まで含んでは、ゆっくりと舐め上げてくる。
雪で音が消えた世界に、一護の立てる微かな水音だけが響いた。
濡れたその指と一護の瞳だけが僅かに、雪明りを反射していた。
柔らかな舌の感触が、指の芯まで柔らかに弄りあげた。

うんと深いところに押し込めていたはずの欲が、ゆるやかに鎌首をもたげる。
煽られるだけ煽られて肝心な熱を与えられないもどかしさに、反撃の機会をじっくりとうかがいだす。
そしてそれを見透かしたような薄茶の眼が、じっと俺を見据えている。
見返すと、一護は指を咥えたままの口元だけで笑ってみせた後、ゆっくりと睫毛を伏せた。
ぞくりと背筋に戦慄が走った。

いつの間にこんな手口を覚えたものか。
こんな短期間で変わるものなのか。
それでも誘われるまま、瞼にそっと口付けを落とす。
伏せられた睫毛は細かく震えて応えたが、
相変わらずの唇は、俺の指を翻弄することに夢中になっている。

一瞬、薄く開かれた眼の奥に、優越感を滲ませた瞳が覗いた。
俺を凌駕したのだと思ってるんだろう。
稚拙さから抜け出したのだと過剰に自信を感じてるのかもしれない。
だが、それを肯定すること自体が幼さの証拠だったと知るのはいつのことなんだろう。

けれど一護をこうさせているのは俺じゃないのか?
自分の欲に任せてまだ子供だったコイツを無理やり此方へ引きずり込んで、貶めて、
真剣なフリをしながら実は、自己満足な愉悦に浸ってるだけなんじゃないのか?
だからあの頃の、何も考えずに喧嘩に明け暮れてた頃が懐かしいんじゃないのか?
間違っていると認めることさえ出来ずにいるんじゃないのか?


疑いだしたらキリがなかった。
俺はついに眼を瞑った。
これ以上は耐え切れそうにない。
思いっきり指を引き抜くと、軽く当てられただけの一護の歯に当たって、ガリッと無機質な音を立てた。


→残響4

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