なんていうんだっけ。大殺界? 天中殺?
思い出せねーけど、きっとそんな日だ、今日は。
我執 3
廃工場の片面に、取ってつけたような金属製の外階段。
ヤケに高さのある2階、元事務室かなんかと思しき部屋のドアの前の踊り場。
そんな妙な所でひたすら待ちぼうけ。
天気がいいから助かるけど、雨降ってたらきっとずぶぬれで、目も当てられない。
見上げると、透き通った青い空。
壊れて苔の詰まった雨どいが半端にぶら下がってる。
足元を見ると、錆付いた板を渡しただけの階段が頼りなく地上に続く。
正面には神社かなんかあるのか、この辺には珍しい森。
その向こうに続く灰色の街並み。
遠くその喧騒が聞こえる。
妙に調和してる。
空も錆も緑もその向こうの陰鬱な建物群も、この動きを止めた工場のせいか、
全てが時間の流れから切り取られたように孤立してどこか退廃的だ。
隣でくつろいでる諸悪の原因を無視して俺は腰を下ろした。
ふう、と思わずため息が出る。
当たり前だ。
できれば謝りたいって思ってたんだ。
助けたのに謝りたいって思うのって変だけど、
でもあのときのアイツはすっげー怒ってた。
きっと何かあったんだ、理由が。
すっげー自虐的っぽかったけど、でもきっと死にたいってのとは違う。
ただのカンだけど。
だから謝って、話してみたかった。
それにあの眼。どこかで見たことがある。
アイツのアレは何なんだろう。
俺があそこで何も言えなかったのは、怖かったからじゃない。
一言一言がどんどん俺の上に積み重なってくるような気がしたからだ。
重かった。
その重みで押しつぶされるかと思った。
喰ってやろうかって最後にアイツが言ったとき、それもいいなって思った。
アイツに喰われるのなら、それもいいって。
でもそんなこと、アイツはきっと望んでいない。
アイツは誰のことも喰いたくないし、喰われたくもない。
望んでいるものはきっと別の何か。
ああやっていつも何もかも拒んできたのだろうか。
その眼はとても乾いているように見えたのに。
物思いに沈んでいたら、隣のヤツが俺の服を引っ張ってきた。
手に持ってたバナナを俺に差し出す。
俺の買ってやったやつ。
慰めてくれてんのかなー。
なんかお前、いいやつなのかもなー。
迷子の世話なんて久しぶりだよ、本当に。
心が洗われるってのはこういうことを言うんだろう。
裏も表もない真っ直ぐな幼い心。
勘ぐる必要もない。
俺が俺で居られる。
やることもないので、青い空を見上げつつバナナを食う。
久しぶりだなー、バナナ。
こんなにうまかったっけなー。
子供の頃に帰ったみたいだ。
つーか早く帰ってこねえのかなぁ、ここの主。
俺、帰りてえ。
そんで作戦を練り直す。
そのとき、階段の下の森の中でザザっと音がした。
藪の中から何かが飛び出してきた。
イ、イノシシ?
二階に居るにもかかわらず、あまりの勢いにビビる。
と、スゲー叫び声。
「ヒヒマルッ!!」
隣にちょこんと座ってた白猿が恐ろしい勢いで飛び上がる。
「おい、バナナ落としたぞ?」
でも白猿は器用に手足を駆使して階段を駆け下りた。
さっき藪ん中から飛び出してきたソイツも階段を駆け上がってくる。
ガンガンガンガン!
金属の階段が踏み鳴らされて、揺れて軋んで物凄い音を立てている。
あれ? この紅い髪って、まさかアイツ?
でも恐ろしい勢いでボロ階段が揺れたんで、
振り落とされそうな俺はそれどころじゃなくて、手すりにしがみついた。
「こんの馬鹿ヒヒマルっ!」
怒声が響き渡る。
けど階段を駆け下りた白猿は、構わずソイツに襲い掛かった。
いや、抱きついたのか?
「うぉぉぉ、ヤメローッ・・・」
ゴンゴンゴンゴン。
もんどりうって二人、いや二匹は階段を転げ落ちていった。
なんなんだコイツら。
つーか大丈夫か、人間のほう?
ぐったりと仰向け、地面に転がってるソイツを白猿が揺すっている。
「おい、揺するのヤメロって」
慌てて駆け下りた俺は、そう言って白猿の手を止めた。
おとなしく手を引いたところをみると、もしかしたら人間の言葉が分かるのかも知れねー。
まあでもそんなことより、この気絶しているヤツをどうにかしないと。
・・・・・やっぱりアイツだ。
あの印象的な眼が閉じてるから分かりにくいけど、この髪と頚の刺青。
間違えようがない。
頚に手を当てると脈はしっかりしてる。
ただの脳震盪だろうな。とっさに受身取ってたみたいだし。
まーこの間の体捌きを見る限り、階段から落ちてどうこうってのはなさそうだ。
しばらく放っとけばよくなるかなぁ。
でもポツポツと頬を打つ水滴。
空を見上げると、さっきまでの快晴がウソみたいにかき曇ってきた暗い空。
仕様がないので中に入ることにした。
「よっこいしょ、と。うー、重い・・・」
俺より遥かにデカイ身体を背負い、ずるずると階段を登る。
白猿はちょこちょことついてくる。
汗だくになって階段を上がりきったはいいが、そういえばドア、どうやって開けよう。
鍵、ポケットとかに入ってるかな。
白猿が器用にドアを開けた。
鍵はかかってないみたいだった。
無用心だなぁ。
でも中に入ってみて納得。
これこそ伽藍堂。空っぽ。盗られるもんもなさそう。
広さがあるだけに、うつろな印象を受ける。
入ってすぐ、右手は薄い壁。
カーテンもブラインドもないヤケにでかいサッシ窓が四角く空の光を切り取っている。
左手の奥、壁際には病院っぽい金属製のベッドと机。
側の床には山のように詰まれた本、古いワードローブ。
正面の流しと思しき一角には小さな冷蔵庫とガスコンロ。
それなりにモノはあるし掃除されてるのに、生活感みたいなのがない。
本当に人が住んでるんだろうか、こんな所。
コイツの内側を見てしまったような、そんな気がした。
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