我執 4
窓に大粒の雨がポツポツとあたって音を立てだした。
バケツをひっくり返したようなザンザン降り。
時々稲妻の光が暗い部屋を照らし込む。
夕立か。やっぱり今日は運が悪い。
そう思いながら、意識の戻らないソイツを部屋の隅のベッドに置いた。
ずれたバンダナの下と緩めた服の隙間から墨が覗く。
なんだか悪いことをしたような気がして、そっとそれを隠した。
脳震盪の割になかなか眼が覚めないな。
つーかコイツ、寝てないか?
気絶とかじゃなくて、絶対寝息だ、コレ。
軽く口を開け、ぐっすりと寝入ってる。
よくみると顔色とか悪い。
大学では気がつかなかった。
上背、あの眼と髪、そしてぶつけてくる黒く重い空気に圧倒されて。
でもこうやって寝てるのをみると、案外普通だ。
まあでも刺青だらけだし、すっげー目立つ髪だし、
手足なんか見ても鍛えられてるし、まるっきりフツウってのは違う。
よくこんなんで大学生とかやってるなぁ。
ほんとコイツ、何者?
まさかヤクザの幹部候補生とかそんな感じ?
でもなぁと、横に座る白猿を見遣る。
どうもそんな感じには見えない。
猿と仲良しヤクザなんて見たことも聞いたこともねえし。
「・・・・・なー、コイツ大丈夫?」
ソイツを指差して訊くと、白猿が神妙に頷く。
やっぱりコイツ、日本語わかってんのな。
ヘンな猿。
猿と並んで熟睡紅髪刺青男を眺めるという奇妙なシチュエーションにもいい加減飽きて、
そろそろ帰ろうかと窓の外の土砂降りを睨んでいたとき、ソイツが動いた。
眼がうっすらと開いた。
よぉ、と声をかけると紅い虹彩がこちらを向いた。
不思議な色。
昔学校で飼っていた白ウサギを思い出す。
その眼はまたしても俺を素通りして宙を彷徨い、白猿の上に止まった。
焦点が定まり、表情が戻る。
「ヒヒマルっ、テメェッ!! ・・・・ッテェ」
がばぁっと上半身を勢いよく起したのはいいが、まだ痛むのか頭を抑えて蹲った。
いててて、と丸くなる背中を、ベッドにちょこんと飛び乗った白猿が擦ってやってる。
なんか、逆じゃねえフツー?
微笑ましいといえば微笑ましいし、部外者の俺がどうこう言うのもアレなんで、
引き寄せた椅子に座って黙ったまま状況観察。
白猿にひとしきり撫でられた後、
紅髪がようやく身体を起して白猿の肩らしきところを掴んだ。
「オイ、なんでお前脱走なんかしたんだよ」
猿がなんかうなだれる。
「つーかメシ食ってないって本当か」
さらに猿がうなだれて見せる。
芸達者だな。
「お前なぁ。ちゃんと食わねーとダメだろ、あァ?
つーかハゲてんじゃねーか、ココ、ホラ?!」
猿の頭の辺りをグリグリと拳固でつつく紅髪。
白猿がその拳固を押しのけようと両手両足で反抗する。
紅髪もヤケになって両手両足使って白猿を引き剥がそうと格闘する。
同レベルかよ。
「オイ、いい加減にすれば? 大体ハゲならアンタもハゲだろ」
「ハゲじゃねー、これはソリいれてんだ!! ・・・って、テメー、誰だ?」
俺に気がついてなかったのかよ。
つーかもう忘れたかよ。昼間、散々脅したくせに。
「・・・ってまたテメーか!
何こんなトコまで来てんだ! 本気で殺されてえのか、あァ?!」
「って俺、そこのアンタの迷子のオトモダチ、預かったんですけど」
「・・・・・はぁ?」
「いやだから、ソコの猿が俺になついて離れてくれなくって、
業者の人が俺に任せて帰っちゃったんだよ。大体アンタの猿って知らなかったしよ」
バナナだって買ってやったんだぜ、なー?と白猿を撫でると、
白猿はぷいっとあちらをむく。
ってアレか。もう俺は用ナシってか。
思わずため息が出る。揃ってなんなんだ、コイツらは。
「・・・・・じゃ、そういう訳なんで俺帰るから」
なんか酷く疲れたし、急にいろいろと馬鹿馬鹿しくなった。
俺、一体何に執着してこんなヤツに会いたいって思ったんだっけ?
床に落ちてたカバンを拾い上げて、玄関に向かう。
「すまねえ。ヒヒマルが世話になった」
唐突な謝罪の言葉に驚いて振り向くと、ソイツは紅い頭を垂れていた。
意外な行動に口も聞けないでいると、顔を上げて俺を見た。
「もしかして、ここまで引っ張り上げてくれたのもテメーか?」
「ああ」
「そっか。悪かったな」
そう言ってベッドから降りて立った。やっぱりその上背に威圧される。
さっき寝てたときの、あのどこか儚い感じがウソのようだ。
「来い、ヒヒマル」
台所らしい一角にソイツが向かうと、猿が悠々とついていく。
猿はソイツから受け取った果物をガツガツ食いだした。
その横にソイツはしゃがみこみ、そんな猿をじっと見る。
なんかまた雰囲気が変わる。
穏やかな表情もできるんじゃねーか。
こんな眼をしてるんなら隠さなければいいのに。
つい見蕩れてしまった俺にソイツが向き直った。
「何見てんだ、テメー!」
途端に剣のある口調、鋭い目付き。
ほとんど条件反射だよな。
なんかそれが、体中の毛と尾っぽを逆立てて威嚇するネコの仕草を思い出させた。
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