我執 5
「なぁ、そいつ、友達?」
白猿を指差して見せると、一瞬ソイツが戸惑った。
何かへんな質問したか?
「どうかしたか?」
「いや、友達かって聞かれたのは初めてだ。フツーはペットかって聞かれるからな」
ちょっと戸惑ってる。
「つーかそんなん見たら絶対ペットだって思えねーよ。どっちかっつーとアンタがペット?」
「なんだそのアンタ呼ばわりは、あァ? ちゃんと名前で呼べ、敬語使え、このクソガキが!」
そこかよ。ペット呼ばわりはスルーかよ。
とりあえず負けずに怒鳴り返す。
「ガキじゃねー! 高校生だ!」
「ウルセー、テメーみてえなチビ、ガキで十分だ!」
「・・・・アンタ、大概失礼だよな。アザンイ、コイツグさん?」
予想通り、こめかみに青筋が浮く。
「だれだそりゃ?! アバライだ、ア・バ・ラ・イ・レ・ン・ジ!
つーかテメー、俺の学生証見たんだろ。フリガナ読め!」
「冗談だよ。何ムキになってんだよダイガクセー」
「うっせー、クソガキ! 殺すぞ?!」
「高校生だっつってんだろ!」
「黙れバクハツ頭! 髪染めてんじゃねー、校則違反だろ?!」
「バクハツじゃねー、ちゃんとセットしてんだ!
それにコレは地毛だし、アンタのよりマシだ!
ついでに言えば、名前は黒崎一護だ!!」
アバライレンジの眼が大きく見開かれて、口元がヘの字に歪む。
「・・・・・いちご」
「あーーっ! その先言うんじゃねーぞ、絶対言うなよ?!」
明らかに笑いを噛み殺したアバライレンジは、顔を逸らしながら言った。
「へーへー、じゃ、黒崎。まず、ひとん家じゃ靴を脱げ」
「って入っていいのかよ?」
「もう入ってるじゃねーかよ、土足でドカドカ!」
「なんでいっつも怒鳴るんだよ、大人気ねーよアンタ」
「だからアンタ呼ばわりはヤメロっつってんだろっ」
どうにかなんねーのか、この短気?
「じゃー恋次」
「だからなんで俺がテメーみたいなガキに呼び捨てにされなきゃいけねえんだよ?!」
「いーじゃねーか、語呂いいし。アバライってなんかビンボーくせーし」
「・・・・!」
ついにキれたか、プイっと背を向けて台所のほうへドカドカ歩いていった。
恋次も靴履いたままなんで、すげー足音。
もしかして気がついてないのかな。俺以上に靴の泥、すごいんだけど。
俺が帰った後、怒り狂いながら掃除をする恋次と暖かく見守るヒヒマルを思い浮かべて思わず笑いがこぼれる。
おもしれー。
こないだの喧嘩のこととか、今日の大学でのこととか、さっきの白猿への態度とか、
いちいち真っ当に反応して喧嘩腰になることとか、なんかコイツ、思いっきりアレだ。
直情径行ってやつ。
恋次が缶二本持って戻ってきた。
ポイっと一本、俺に投げて寄越す。
「ほら、飲め」
「何コレ?」
「茶。飲んだら帰れ」
それは見ればわかるけど、礼のつもりなのか?
ヘンに義理堅いのな。
「俺もそっちがいい」
「高校生にビール飲ませられるか、このガキが!」
また怒った。でも高校生ってのは認めたんだ。
「つーか殺し合いしといて高校生にビールダメって、意外に常識人?」
レンジの眼の色が変わった。
さっきまでのふざけた、でもある種くつろいだ雰囲気が払拭され、
昼間のような暗澹とした空気が部屋を満たす。
「・・・何を言いたいんだ、テメーは?」
打って変わった静かな低い声。
「人を殺すようなヤツが、高校生の飲酒に厳しいってヘンだっつったんだよ。
聞こえたかオッサン」
「よーく聞こえたぜ、このクソガキが」
眼が薄暗がりの中で光る。
相変わらずの土砂降りの音だけが部屋中に響く。
「・・・・・アンタだけじゃねーよ、人喰いは」
つい、零れ出たコトバ。
恋次の眼が訝しげに細められる。
「俺もだって言ってんだよ、聞こえたか」
恋次の口元が歪む。
「へぇぇ、こんなところにお仲間がねえ」
揶揄する口調、見下ろしてくる視線。
「信じないんなら、別に構わねーし」
俺は茶の缶を床の上に置いて立ち上がった。
ムカつく。足も重い。
こんなこと、言うはずじゃなかった。
別に仲間扱いされたかったわけじゃない。
その気持ちがわかると同情したわけじゃない。
そんな眼をしてるオマエが気になったんだ。
だってソレは俺の眼だ。
おふくろを殺してしまって、後悔というにはあまりに暗く重いその感情に苛まれていたあの頃の俺。
あの感情を正しく表す言葉を俺は知らない。
それは今だって変わりはない。
でも俺にはやらなきゃいけないことが山ほどある。
背負わなきゃいけないものもたくさんあるんだ。
それは枷。身動きすることを禁じるかのように、今も俺を絡め取る。
でも、だからこそ、俺は前に進む。
ずるずるとその鎖を引き摺りながら。
オマエもあの鎖に捕らわれているのか。
靴を履きながら、恋次に訊いた。
「なぁ。アンタ、一人なのか」
いや、ヒヒマルがいる、と雨音に掻き消えそうな声が聞こえた。
俺はかけるべき言葉を知らず、そうか、とだけ言って外に出た。
ドアを閉めようとしたとき、また来るか、という声がしたような気がした。
とっさに振り向くと、ベッドに座ってヒヒマルの背を撫でる恋次の横顔が見えた。
なんだか俺は泣きたい気持ちになっていた。
何故だかわからなかったけど。
俺は土砂降りの中、家路を急いだ。
鎖を引き摺る足はいつも以上に重かった。
ただ無性に家族に会いたかった。
欠片 >>
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