欠片 6

 

あのガキが出て行くと、妙にしんと部屋が静まり返った。
いっぱいいっぱいだった部屋に、また隙間が戻ってきた。
センパイが、床に落ちたままだった血塗れの包帯を拾った。

「で、ガッコで何があったんだ?」

包帯を巻き取りながら、背中を向けたまま静かに訊いてくる。
かなり機嫌が悪い。

「・・・別に」
「嘘付け。お前、ガッコで騒ぎ起したこと、今までねーだろ」

よく知ってんな。

「そうだっけ? 偶然じゃねー?」

センパイがズカズカと近寄ってきて、俺の胸倉を掴んで締め上げる。

「舐めてんじゃねーぞ、コラ」

何、いきなり真剣になってんだよ。
んな柄じゃねーだろ。

「眼ェ逸らしてんじゃねー。あのガキもだ。一体誰なんだよ、あれは」

くつりと、知らずに嗤いが漏れる。

「・・・嫉妬してんの?」
「阿呆か、お前」

どさっとそのまま床に投げ捨てられた。
咄嗟に手を付こうとしたけど、血塗れだったからずるっと滑って無様に転んだ。
それを見咎めたセンパイが、困り果てた面でしゃがみ込んで俺の頭を軽く掻き回した。

「一体、何やってんだ、お前」
「・・・・・わかんねー」

起き上がろうとしてたのを止めて、そのまま床に寝っ転がる。
さっきより更に天井が遠い。
相変わらず、水面に似た光の模様がゆらゆらと揺れている。
手をかざすと、指の間から光が見える。

今日だけで何回裂けたわからない傷から、血がぽたぽたと顔に向かって滴り落ちてくる。
雨のように。

 

誤魔化すな。
これは雨じゃない。
水でもない。
血だ。

さっきまで俺の体内を流れていたもの。
人間の一部だったもの。
流れ出て冷えてしまえば、意味が無くなる。
血を無くした体も固くなって、意味が無くなる。
そして死。
不可逆な流れ。

 

舌っ足らずの懐かしい声が頭ン中、響きだす。

来いよ。
オマエもコッチに来いよ。
ずっと待ってるんだぜ?

そうだよ、早くおいでよ。
ずうっと待ってるのに。

また、逃げるの、手伝ってよ。

何で来ないんだよ。一人だけ、ずるいよ。
ずっとずっとずっと待ってるのに。

一人ぼっちで寂しくないの?
ルキアもいないのに、なんでそこにいるの?

 

・・・・・なんで?

 

声が木霊する。
ずっとずっと耳を塞いで、聞かないようにしていたアイツらの声。

どんなにきつく指を寄せても、塞ぐ指の隙間から声が忍び込んでくる。
まるで水のように一滴、また一滴と滴り落ちてくる。
滲み込んだ声は血に混ざって、体中を巡り、肉に触れて溶解する。
侵食をとめられない。
もう逃れることが出来ない。

 

「うわぁぁぁっ!!」

物凄い叫び声が響く。
この獣染みた声は、俺のだ。
この口から吐き出されているのは、絶叫。

「あああっっ!!」
「恋次っ! しっかりしろ、恋次っ」

センパイの声が混ざる。
でも誰だ、センパイって。
そんな言葉は知らない。
何を言っているのか、わからない。

何も、わからない。
わかりたくもない。




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