近づくにつれどんどん声が大きくなる。
それに被さるもう一人の怒鳴り声。
恋次の名前が繰り返される。
じゃああの叫び声は恋次のなのか?
何が起きた、どうしたっていうんだ?!
駆け上った階段もあと数段でドアにたどり着こうとしたとき、声が唐突に止んだ。
まさか、死んだ、とか?
すっと頭から血が引く。
けれど恐る恐るドアに手をかけた時、黒いヤツの怒鳴る声が聞こえた。
ぼそぼそとそれに答える恋次の声もする。
・・・なんだ、大丈夫だったのかよ。
っていうか殴る音とか聞こえてねえ?
ただのケンカ、かよ。
ほっとしたのは確か。
同時に自分のアホくささに嫌気がさして、家に戻ろうと思った。
確かにそう思ったんだ。
だけど靴底が足元の金属板に張り付いたまま動かない。
ドアの隙間から漏れ聞こえてくる声、物音。
それとこれは、忍び笑い?
何かが引っかかって、どうしようもなくて、
こんなの俺じゃねえと思いつつも、手を止められない。
葛藤の果てに開けてしまったドアの隙間、
そこには床にへたり込んでいる二人の姿があった。
声はくぐもって聞こえないけれど、
背中を向けている黒いヤツの陰に恋次の顔が見え隠れする。
口の端から血が流れてるけど、やっぱケンカしてたのか?
それだけのこと、なのか?
けどそのまま、二人の顔がくっついて。
つまり信じられないことに、二人は明らかにキスしてて。
------ なんなんだよ、コレ!
恋次が黒いヤツの肩を押し返したけど、黒いヤツの手が恋次の口に触った。
指で血を掬い取って唇に擦り付ける。
血塗れの指はそのまま頬を横切り、耳を包むようにしながら髪の中へと侵入する。
頬に残された赤黒い軌跡に吸い寄せられるように顔を近づけた黒いヤツが、
恋次の肩を引っつかんで抱き寄せた。
------ 信じらんねえ、マジかよ。
思わず後ずさる。
でも視線が外せない、体も動かない。
俺に背を向けている黒いヤツの両脇の床の上、
所在無さげに置かれていた恋次の手がゆっくりと上がった。
抱きつき返すのかと思った。
でも恋次の手は空を掴んで力をなくして、また床に落ちた。
------ なんなんだよ、それ! 訳、わかんねーよ。
大体、薄く開けたドアの隙間から光が黒いほうの背中を掠めているというのに、気づきゃしない。
俺がこんなに近くにいるのに、気づきゃしない。
こいつら、バカじゃねえの?
「・・・気持ち、悪ぃっ」
小声が漏れた。
でも誰も気づいてない。
俺のことなんてアイツらには関係ない。
とにかく気づかれないようにと足音を忍ばせてその場を離れた。
残ったのはどうしようもない虚しさと跳ね上がる鼓動、それと後悔。
俺は、卑怯者もいいところだ。
・・・・チクショウ。