meaningful 



「今日そっち行っていいか」

ちゃんとメールして確認取った。前回の失敗が身に沁みたから。
で、返ってきたのは「ok」の二文字、しかも小文字。

メールってデジタル過ぎて味気ない。
1か0だけ。間がない。
それでも電話だったらまだ息継ぎの具合とか、声の調子とかがリアルタイムで伝わってくるというのに。
いつもは気にならない小さな不足が気になる。ナーバスになり過ぎ。
わかってるけど、でも今日は絶対行かなきゃダメだ。

電車を乗り継いで遠方へ。
建物中心の縦の線と交差する電線の斜めが、広がる田園の横の線に変わる。
灰色プラス派手な色彩の洪水が、緑と黄色ベースの穏やかなコントラストに置き換えられていく。
そしていつの間にか単線。
風景が狭まる。
両側から圧迫してくる濃い緑に彩られた山道を走り抜ける派手な電車、たった3両。
窓から手を出せば、過ぎ行く木の枝に指を掻っ攫われることだろう。
傷ついた指からは血が飛び散るだろう。
緑と赤。
原始の色。
山を抜けた。そして空気が変わる。
肌に馴染む、冷たい湿気を含んだ海に似た大気。

切符を箱に落とし入れ、無人駅から畦道を走っていく。
庭を横切ると、恋次が縁側で胡坐をかいて煙草をいじってるのが見えた。
俺を見つけて暢気に手を上げる。
「よぉ」
相変わらずの恋人は、会った頃がウソのような穏やかな雰囲気を纏っている。

「恋次っ。煙草やめろっ」
「はぁ?」

俺は、今日学校で習ってきたことをぶちまけた。
煙草の害。
肺、心臓、血管系。いいことない。
写真見た。勉強してきた。やめたほうがいい。
授業の資料を見せる。
目を丸くして聞いてた恋次の反応は、たった一つのため息。

「俺は煙草吸ってるほうが調子いいんだけどな」
「錯覚だそんなの。麻薬作用だってあるんだ」

髪をくしゃっと掻きまわされた。

「ばかにすんなよっ」
「してねーよ。でもオマエは知らなさすぎだよ。頭で理解できることばっかりじゃないんだ」

恋次のでかい拳が俺の心臓の辺りをごつ、と軽く突く。

「てめーが俺の心配をしてくれるのは嬉しいけどな。
 煙草吸って100まで生きる人も居るぞ? 煙草ダメなら酒も、コーヒーも、全部だめだよな?
 てめーは都会の真ん中住んでるけど、排気ガスと騒音もだめだな?
 ストレスだってそうだ。学生やってるとストレス溜まるな? どうするんだ?」

言葉につまる。

「あのなぁ。人生とか身体とかって、全部でひとつなんだ。そういう単位だ。
 てめーは医者になる勉強してるから病気の勉強が多くて、小さいところにこだわって。
 それが大事な職業だからな。
 でも俺達がやってるのは、動物に寄り添う仕事だ。
 人間だってそうだけど、生きてるってのは唯そこにいるだけじゃないんだ。
 毎日の一瞬一瞬、そこに在るということが生きるということなんだ。
 その中にはいいことも悪いこともどうでもいいことも一杯ある。
 でも時間軸に沿って、起る一つ一つのことが、全て大事な要素だ。それが生きてる意味だ。」

紅い虹彩が真正面からぶつかってくる。
わかるか、と問われて言葉につまる。
でも俺は恋次に病気になって欲しくないし、幸せで居て欲しいんだ。
それは俺の驕りなのか?

「ま、要するに俺は酒も煙草もやめねーぞ、ってコトなんだけどな?」

口角の片方だけ上げた人の悪い笑顔。
バカにされたと感じて、顔が火照る。
でも恋次はそんな俺を無視して、空を見上げる。

「一服するのは大事なことだ。忙しくしてるときは特に。
 走り続けていると、振り向くことも立ち止まることも、果ては感謝することさえ忘れちまう。
 まるで自分ひとりで生きてるような気がして、意味が無くなっちまう。
 だから、一服して、一休みして、また走るんだよ。オマエみたいなヤツにこそ必要なんじゃねーか」

人生とかそういうことを大上段に構えてくる恋次に対して俺は、何も言えないぐらい惨めなぐらい子供で。
そんな当たり前のことぐらいわかっているけど、
でもやっぱりあんな写真とかデータとか見ると、どうしても此処に来れずにはいられなかった。
浅はかとわかっていても。

恋次が俺の腕を取って立ち上がった。

「どこ行くんだ?」
「二階」
「なんで?」
「一服しに」

それは最近、滅多に見せることのない有無を言わせぬ仕草で、
階段というか、二階の屋根裏に続く梯子に連れて行かれる。
ギシギシと音を立てて登るとそこは、埃っぽく馴染みのない部屋、斜めの天井。
小さな明り取りから外を見ると広がる田園風景。
一面の緑。
空は青。
風が走る。
木々が揺れる。

「こんなトコ住んでると、多少は身体に悪いこともしねーとバランスとれねーんだよ」
「わかんねー理屈だ、てめーのも」
向きになって反抗すると、
「そうだな」
とあっさりかわされた。その挙句、先刻から手に持っていた煙草を俺の口に突っ込んでくる。

「やめろって、俺は煙草はやんねーんだ・・・って、あれ?」
「それ、チョコレート。女はそういうの、好きだな」

自分の眉間の皺が深くなるのを感じる。

「・・・・・いちいち妬くな、ガキ。ただの同僚だって」

そう言って笑いながら、顔を近づけてくる。
不本意ながら、黙って口付けを受ける。
好きなはずのチョコレートが油っぽくて気持ち悪い。
深くなる口付けに惑わされない恋次の両手が俺のシャツのボタンに手をかけ、脱がし始める。
昼間なのにどうしたんだ。
らしくない。
戸惑いを見抜いたように紅い目が細まる。

「これだって、無駄なことだぞ?
 特に俺のほうは、身体にはいいことなんてひとつも無い。
 お前だって子孫さえ残せない。だったら止めるか?」

応えに窮する。

「でも、一服しような?」

紅い虹彩が軽く笑う。
俺もそれに応える。


その想いも気遣いも、果ては小さな嫉妬さえも人生を彩る小さなカケラ。
無駄なこと、大事なこと、悲しみ、虚しさ、そんな小さなモノで人生は構成されている。
どんな小さなことにも、耐えられないほどの酷いことにも意味がある。
だって俺達は意味を見つけられずには居られない動物だから。
だからこそ生きてる甲斐がある。

そして人生はmeaningful。




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