somebody special 2
俺の質問に応えようと何回も言い淀む恋次をじっと待つ。
しばらくの沈黙の後、思い切ったように恋次が口を開いた。
「狒々丸にやられたんだ」
「はぁ? なんで狒々丸がオマエにそんなことするんだ?」
「わかんねー。ただいつもどおり側に行ったら、いきなり歯ァ剥き出して掴みかかってきた。
おかげで髪も服もこのザマだ。他に傷が無いのが不思議なぐらいだけどな」
狒々丸は、猿とはいえ恋次の大事な存在だ。ある意味、俺より近い。
それがわかってるから俺もくだらない嫉妬したりするんだけど、その狒々丸が恋次にこんなことするなんて。
かなり信じらんねぇ。
「なんか思い当たる節はねーのか? なんかいつもと違うこととか、やたら狒々丸がこだわったこととか」
「・・・無ぇんだよ。突然で。だからスタッフも気を使ってくれて、今日は臨時休業」
ま、動物に嫌われるような飼育係、いても仕様がねぇからなぁ、と呟く恋次の横顔は憂い含みで、
そんな場合じゃないとわかっていても不本意ながらそそられてしまう。
さっきプラットフォームでしたキスがまだどこかに残っているんだ。
髪にもいっぱい触っちまったし、横顔も一杯見たし。
しかも、最近じゃ定番になっちまった恋次のオトナ顔もすっかりどっか消えちまってっから余計、戸惑う。
でもそんな俺のことなんか眼中にも無く、恋次はひたすら狒々丸のことを心配し続ける。
「・・・大丈夫かなぁ、狒々丸。今頃は檻の中だ。辛いだろうなぁ」
「って辛いのはテメーだろ? 何、狒々丸の心配なんかしてんだよっ」
「狒々丸は天才だけど、やっぱり動物だ。俺なしだと、アイツのこと本当にわかってやるやつも居ねぇ。
アタマいいやつだから、檻に入れられるとかそういうの、他のヤツラよりキツイんだよ」
「でもオマエのこと、こんな目に合わせたじゃねーかよ」
「・・・そうなんだよなぁ。どうしたんだろ。他のスタッフに拘束されたときに泣きそうな顔してた。
一生懸命俺に謝ってたんだよ。それが辛そうで」
テメーのほうが痛くて辛かったんじゃねーのかよ。
「ほんと、何が悪かったんだろう。俺、何しちまったんだろう」
「・・・もう仕様がねーじゃねーかよ。考え込んだってわかんねーものはわかんねー。
明日になって狒々丸に会いに行ったら案外、また抱きついてくるかもしんねーぜ?」
だからホラ、風呂入って髪の毛落として来い、とボロボロのTシャツを無理やり剥がし取る。
でもあれ?
このTシャツ・・・。
「おい、これ俺んじゃねーか?」
「ああ、すまん。洗濯忘れてて、ちょっと借りたんだ。血がついちまったなぁ」
いや、血がどうこう以上になんかテメーの髪以上に穴開いたり千切れたりでボロボロになってるんだけど。
かなり気に入ってよく着てた、恋次んちに忘れていったヤツ。
てーことはアレか?
匂いか柄か知らねぇが、天才狒々丸、俺のTシャツ、というか俺がイヤだったってことか?
恋次と俺の目が合った。
どうやら同じ結論に至ったらしいが、Tシャツをヒラヒラさせて一応確認を取る。
「こういうコト、なのか?」
「・・・らしいな。あんの大馬鹿野郎が・・・」
そういって恋次ががくっと首を垂れ、アタマを抱え込む。
ちきしょー、なんてスタッフに説明すりゃーいーんだよ、とどうでもいい心配する恋次を横に、
俺の頭の中では勝利宣言が渦巻き、想像の中、拳を突き上げる。
勝った。ついに俺は狒々丸に勝った!!
あの猿、俺の方が愛されてると認めたんだ、ちくしょーやったぜ!!
恋次は俺んだ!
「・・・・・じゃあアレだ。これは俺のせいだ、こないだヤツの目の前であんなコトもこんなコトもしたし」
「テメーにゃ関係ねーよ! 大体そこで謝るな、にやけるな! 胸糞ワリィ!」
恋次の顔が赤くなってきた。
へぇぇ。照れる恋次なんてほんっと久しぶり。まじまじと見つめると、ますます赤くなる。
なんかすっげーおもしろいんだけど。
「関係大アリです。つーか俺のせいにしとけ。オマエも狒々丸も悪くない。 な?」
これ以上ないぐらいブスッたれてソッポ向く恋次。
顔どころか上半身全部赤くなった上、肩よりちょっと長いぐらいの高さで切りそろえられたおかっぱ頭。
いつもの年上ぶった態度がすっかり剥がれ落ちて、まるで子供のような可愛らしさ。
こうなると刺青まで色を濃くして誘ってるような気がするから始末が悪い。
しかもむくれた口唇。
やめろ、それ。 押さえが利かなくなるだろ!
と、そこへ爆弾発言。
「・・・・・わかった。テメーとはもう会わねー。それで狒々丸も穏やかになって大団円だ。な?」
「んな訳ねーだろーーーっ!!」
なんでそうなるんだ、全く!
拗ねてるだけだとわかってても、そういう発言、すっげー傷つくってわかってんのか、コイツは?
先刻までの高揚感も手伝って、無理やり恋次を抱き寄せて口付ける。
後頭部を押さえつけ、舌を絡めて歯列をなぞり、呼吸さえ奪い取るぐらい深く長く口付ける。
息が上がってきたのを見計らって、腰を更に強く引き寄せ、密着させる。
切った髪がまだ残っていて、チクチクするのはアレだけど、
せっかく都合よく上半身裸なんで、キスの間にその肌を堪能させてもらおう。
片腕で腰を強く固定したまま、もう一方の手を背に這わす。
指が覚えてしまった刺青の縁をなぞり、恋次の身体が微かに震えるのを確認する。
会った頃はずいぶんデカイやつだって思ってたけど、最近は俺の手足も伸びて、もちろん身体そのものもしっかりしてきた。
絶対値で言うとまだまだ恋次の方がデカイんだけど、成長に伴って相対的に恋次の身体も細くなったように思えるわけで、
腰なんかを抱いてしまうと腕がすっかり廻るようになってしまってて、
服の貸し借りなんかも出来るようになってしまってて、
その他愛もない事実の羅列が意味もなく俺の雄としての矜持を刺激する。
キスと背中だけで力が抜けてきた恋次の身体。
もういい加減諦めたかな、と唇を解放して首筋へと移動する。
首を竦めるような仕草で更に煽ってくるくせに、腕は強く反抗して俺を突き放した。
「・・・・って、テメー! 昼間っから発情すんなっていっつもいっつも言ってんだろ?!」
「もう昼じゃないんですけど」
俺は外を指差して見せる。
もう夕暮れ。外から聞こえる喧騒も賑やかさを増して、その質を変えている。
まるで祭りのようだ。逢魔が時も近い。
恋次はまだ赤いままで、背にしている夕焼け空に溶け込んでいる。
肩で息をしてるのが見て取れて、なんかスゲーかわいい、と思うのは惚れた弱みなんだろうな。
駅でといい今といい、なんか今日はレアな恋次がたくさん見れて愉しい。
「そういうわけなんで。 さ、続き」
「・・・だからやんねーっつってんだろっ。狒々丸んとこ行って、謝ってくるんだっ」
「阿呆。もうオマエには俺の匂い、染み付いてんぞ? そんなんで行ったって逆効果に決まってんだろ?」
揺れる紅い虹彩、僅かな逡巡。
帰りたいけど留まりたい。やりたいけどやりたくない。
いつものとおり、二律背反のカタマリ。
その隙に床に落ちていた恋次のシャツをベランダに放り投げたら、取り返そうと飛びついていった。
すげぇ反射神経、まるで犬。
だからそれを背後から押し倒して抱き込む。
どこをどうしたらイイなんて知り尽くしてるから、ここまで来たらコッチのもの。
押さえつけられた床の上、
腹ばいで背を晒しながら文句を言おうと此方を向いた不満げな唇を指で塞ぐ。
耳たぶをそっと口に含むとくすぐったいのか身体が強張る。
すごくそそられるけど、夢中になってしまうけど、
でもいつもと違う髪の長さと恋次が感じた痛みがやっぱり辛くって。
オマエのこと、こんな目にあわせる狒々丸は赦さねぇ。
ヤツの匂いが付いた服なんか全部脱いじまえ、捨てちまえ。
服ならまた、俺のを貸してやっから。
だからヤツが諦めるまで、毎日俺の匂い付けて行けよ、ここに住めよ。
俺が護ってやるし、俺が幸せにしてやるし、誰にも傷つけさせないし。
オマエがどんなに大事にしてるやつでも、どんな理由でも、オマエを傷つけるやつは許さねぇ。
人間だろうが猿だろうがモノだろうが果ては神サマだろうが、とにかく全部却下だ。
そこんとこ、ちゃんとわかっとけ。
でもそんな大噴火中の腹の中は一切見せず、せいぜい恋次の代わりに大人ぶってみせる。
「あきらめて泊まってけ。今日は俺が慰めてやっから」
大上段に構えた言葉に苛立って身体を起そうとするけど、そんなの許さねぇ。
唾液で濡れた耳に息を吹きかけて冷やした後、まだ狒々丸のことを諦め切っていない恋次の背中に唇を落とす。
僅かに背を逸らして消極的にでも応えてくれるから、その流れを乱さないようにそっと指を進める。
落ちていく夕日、刻々と色を変えるその光に照らされる恋次の肌と薄墨の影、幾何模様、髪の色。
いつも闇の中でコトを運びたがる恋次の色を堪能するまたとない機会だから、丁寧にミスらないように。
そして何より、恋次がちゃんと今晩眠れるように。
心許したやつに拒否されたり去られたりするのが何より怖いやつだから、
いくら嫉妬が原因だとがわかっても、狒々丸を失うかもしれないと思うと不安でならないはず。
今すぐにでも飛んで行きたいオマエを此処に引き止めてるのは俺の我が侭だから、その責任は俺が取る。
でもとにかく。
他のヤツがどうでも、俺だけはいつでもいつまでもオマエの側にいるから。
オマエが俺の特別であるように、俺もオマエの特別になれるようにがんばるから。
どうかこの気持ちが届きますように。
いつもより長い愛撫の後やっと甘い声が漏れ出したから、手を伸ばしてそっとベランダのガラス戸を閉めた。
もう喧騒は届かない。
あとは俺と恋次のたてる音と匂いが混ざり合って、この狭い部屋に充満するのを待つだけ。
そして俺達は金曜の夜、ささやかな祭りを楽しむ。
Iceberg >>
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