Restart 3
「つーか、俺わかんねーよ、その気持ち悪い組み合わせ」
「うるせーな。海外生活者の夢なんだよ、日本食食べ放題」
風呂上りの俺を待ち受けていたのは、コタツの上に並べられた数々の保存食。
先に風呂をつかった腹ペコ恋次が、勝手に台所を漁ったらしい。
しかしよくもまあこれだけ見つけてきたもんだ。
買い置きしてた菓子類なんかも全部持ち出してきやがって。
昔ながらの石油ストーブの上では、正月用に買っといた鏡餅も焼けている。
他にも日本酒と焼酎、つまみなんかの類。
でもなんでカレーなんだ?
つくり置きしてたのが解凍されて、ほかほか湯気を立ててる。
「つーかカレーとか日本食じゃねーだろ」
「・・・・っせーな、放っとけ」
辛いと文句言いながらぱくつく恋次。
たりめーだ。それは俺用。オマエ用の甘いのじゃねーんだよ。
にしてもオマエ、向こうで何食ってたんだ?
まるで3日も食べてなかった勢い。
気を取り直して俺も恋次の横、コタツに入ると、触れた足を恋次が慌てて引いた。
俺の足、冷たかったかな。
改めて机の上の盛大な食い物の山に目をやると、
隅っこになんだかぐちゃぐちゃになった茶色と黒の固まり。
「・・・で、それ、何の残骸だ?」
「鯛焼き。ポケットの中に入れてたの、すっかり忘れてた」
つーか、誰も想像できないと思うぜ?
黒尽くめの鴉みたいな紅髪の刺青オトコ、ポケットに鯛焼き。
雪合戦でつぶれちまっても後生大事に持ってて。
それ、食う気かよ?
「・・・・笑うな」
慌てて顔伏せたけど、ひー、と笑いを堪えた甲高い空気音が口からどうしても漏れる。
肩も震えちまう。止まんねー!
「笑うなっつってんだろ!」
ちらっと見上げると、恋次の顔がうっすら赤い。自覚あんのかよ。
紅い髪がまだ濡れてて、かなりそそる風情な癖に、黄色いはんてん、つぶれた鯛焼き。
そのアンバランスが堪らない。
「いやー、ワリィワリィ。でも赤かったり黄色かったり派手だなあって」
「うっせー! テメーが出したんだろうが。何で俺、黄色い半纏なんだよ!」
「ってそれしかねーもん。遊子がくれたんだ」
「え?そうなのか。そんならありがたく着とかないとなぁ」
相変わらずだなぁ、その肉親の情とかに妙に弱いところ。
まだ顔は少し赤いけど、気をとりなおして無言で食べ続ける恋次。
職場でメシ食ってきた俺は、風呂上りのビールを満喫しながら恋次を眺める。
すげー変わったような気もするし、全然変わってないような気もするし。
でも今のもあの時のも、ぜんぶ恋次なんだよなぁ。
と、俺の視線に気がついた恋次がなんかスプーン振り回してわめきだした。
「じろじろ見んな! ウゼーだろ!」
「つーか見るなってそれ、無理だろ。やっと会えたってのに」
「・・・!」
あ、また赤くなってきた。
こんなに感情バシバシ出すヤツだったっけ?
「あ、カレーついてる」
口の端のカレーを拭おうと手を伸ばすと、
うわぁっと喚きながら恋次が物凄い勢いで後退った。
コタツが勢いでひっくり返りそうになる。
「おい、あぶねーだろ、何やってんだよっ」
コタツ板を押さえながら恋次をみると、哀れなぐらい真っ赤。
「・・・どーしたんだよ。熱でもあんのか?」
「つーかわかんねーよ、俺!
なんでオマエ、そうフツーなんだよ!
あんなひでー別れ方したんだぞ? それも俺から一方的に。
結果的にそれで良かったなんてオマエ言ってるけど、
でも何にもなかったみたいに、
なんでそんなに平然としてられるか全っ然、俺にはわかんねーよっ」
後手を付いたまま吼えてくる恋次の側にしゃがみ込む。
頬に片手をやると、視線を逸らしたけど逃げなかったのでちょっとほっとした。
「・・・つーか、俺、ずっとやり直したいと思ってたし。だからすげーがんばって、
なんとか自分の足で立てるようになってから会いに行くつもりだったし。
それが無駄になったのはもったいないけど、
でもオマエこうしてまた来てくれたし、ちゃんと会えたし」
頬を両手で包んで、昔みたいにそっと口付けをする。
別れた後、初めてする俺からのキス。
「こんな風にキスもできるし、だからすごく嬉しい」
そのまま恋次の頭を抱きしめる。
乾ききってない髪が冷たくて、火照った頬に気持ちいい。
「一生懸命堪えてるだけで俺、全然平気じゃねーよ。わかんねーか?」
擦れた声しか出てこない。なんか自分みたいじゃなくてヘンだ。
昔はこうじゃなかった。
こんなときは好きだって衒いもなく想いをぶつけて抱いてたのに。
でも今は、伝えたいことや、いろんな思いで胸が一杯になって、言葉さえうまく出てこない。
心臓だって尋常じゃない速さと強さで動いてるの、自分でわかる。
さっきからずっとだ。
他の大概のことなら、腹括って対処できるってのに、今はもう全然ダメだ。
コントロール効かない。
抱きしめてた腕を緩めると、慌てて恋次が腕を引き戻して、俺の胸に顔を埋めた。
「顔、見んな」
「なんで」
「・・・俺はもう諦めてたから、こんなんなってどんな顔していいかわかんねーんだよ」
だから見るな、とこもった声で恋次は呟いた。
なんだか恋次は恋次で大変なんだな。
下向きの、ちょっとむくれた顔を想像しながら恋次の肩ごと抱きしめる。
たぶんこれ、奥底に隠れてた剥き出しの恋次だ。
大人の振りした上っ面だとか、常識的なところとか、
意地っ張りなところとか、そんなのが全部はがれてしまった。
やっと、会えたんだ、と思う。
「・・・勢いでこんなんだけど、でもまだ遅くない。引き返せる。今なら俺、このまま帰れる」
恋次がくぐもった声でそんなこと言ってくる。
「なんでだよ」
俺の言葉に恋次が顔をあげた。なんだその情けねぇ面。
「バカか、オマエは。常識で考えろよ。絶対そのほうがオマエ、幸せになれるだろ?
オトコだぞ、俺達。今度始めたらもう、引き返せねーじゃねーか」
「常識なんてくそっ喰らえだろ? 絶対なんてないんだろ?
なんでテメーは妙なところでカタイんだよ。いーじゃねーか、昨日も明日ももうどうでも。
それにもう手遅れだバカ。引き返せるんなら何年も前に引き返してるよ。
つーかもう止めろ、そういうこと考えるの。びびってんじゃねーよ」
オマエがまだ迷ってるんだったら、今度は俺がちゃんと決めてやるよ。
「いーじゃねーかよ、バカ同士でよ」
「バカ同士ってそれ、そういう括りかよ」
少し呆れた顔の恋次はちょっと笑って、体の力を抜いた。
そして俺達は久しぶりに身体を重ねた。
雪の日だというのに、とても温かかった。
そうやって俺達は二度目のスタートを切った。
Infrared (エロ) >>
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