俺の肩に爪を立てるその指を、心から愛しいと思った。
infrared
「・・・ちょ・・っと、待・・てって」
切羽詰った恋次の声に我に返った。
胸の先を舐めていた顔をあげると、さっきまでと違って恋次は歯を食いしばってる。
あんまり苦しそうなんでびっくりして、恋次の中を探っていた二本の指を止めた。
「きついか?」
「・・・も・・ちょい・・・ゆっく・・り」
喘ぐように伝えてくる。確かに締め付けが強すぎるし。
「無理しなくていいから。キツイんだったら、今日はがまんするから」
指を抜こうとすると、恋次がその手を押さえてきた。
「誰がやめろって言った。ゆっくりって言ったんだ、このヘタクソ」
きついくせに、一気に捲し立てる。
この意地っ張りが、この体勢でケンカ売ってんのかテメー。
「ったりめーだ、ヘタクソに決まってんだろ。ろくにやってねーんだよ生憎な」
微かに揺れて動揺を見せる赤い虹彩。
こんなにあっさりと白状するって思わなかったか?
「だからオマエがちゃんと力抜けよ」
途端、逸らされる眼。
あれ? もしかして恋次もしてないのかな。
だから以前みたいに簡単に解れないし、力も抜けないのかもしれない。
でも絶対そんなこと、認めないんだろうから訊かないけど。
「オマエはさ、身体のほうが正直だよな」
「・・・・!」
生憎、電灯を消してしまってるから、
横から照らす石油ストーブの赤い灯だけでは顔色がわからない。
でもきっとまた恋次、真っ赤になってる。
闇の方、そっぽ向いたままの恋次の頬から耳にかけて食むように口付けながら、
一本に減らした中の指と親指を使って、ゆっくりと入り口を解す。
額に、きつく閉じた瞼に、頬に、そして唇に口付けを落として、
頤から耳に辿り着いたとき、暖かく赤い火に照らされた恋次の体が大きくしなった。
耳たぶを甘噛みしながら、指の動きをちょっとだけ強くする。
柔らかく抵抗する肉を押しのけてゆっくり、
でも思いっきり深く指を入れたら、恋次の口から高い声が細く漏れた。
やっとみつけたそのしこりを強く押すと、恋次が息を止めて背を強く反らす。
あまりにも敏感な反応に、少し指の動きを抑えて撫でるように擦る。
やっと恋次の口から艶っぽい息が漏れだした。
眉間の皺がきつくなり、顎があがる。
首筋に口付けを落として舐めあげると、
痛みで萎えかけてた恋次のがまた硬くなってきたのを感じた。
後孔を慣らす指の動きは止めず、唇ともう一方の掌で身体を探る。
記憶の中で薄れ掛けていた刺青の縁を辿りながらゆっくりと、
でも下方に向かって確実に移動させる。
それを悟ったのか、恋次の身体が緊張してきた。
本当に、身体だけは素直。
僅かに抵抗する足を押し広げ、その中に体を入れる。
ちょっと惜しいけど腹は素っ飛ばして、恋次のを直接口に含んだ。
跳ね上がる腰を押さえつけ、指も二本に増やす。
さっきより抵抗が少ないから、
前立腺への刺激を混ぜながら少しづつ後孔の縁を解していく。
声も止められなくなってるし、すごく感じてるみたいだけど、全然緊張が取れない。
だから、朦朧とした風の恋次に、一回いっとけ、と伝えるだけ伝えて、
指も口も舌も掌も一気に動きを強めた。
「・・・あ・・やぁっ・・」
抑えきれない嬌声が漏れ、体が仰け反り、思いっきり後孔も中の肉壁も収縮する。
鈴口と括れを同時に刺激したらあっけなく射精し、
生臭い精液が断続的に口の中に流れ込んできた。
「・・やめろっ・・て・・」
恋次が必死で俺の頭をどけようと押してくる。
でも力入ってないし、そのまま構わず全部飲み下した。
喉が鳴る音がいやに部屋中に響く。
荒い息のまま、恋次が悪態をついてきた。
「・・・テメーこのバカ、何、してんだ」
口を拭いながら恋次の顔を見上げると、
それに気がついた恋次が慌てて両腕で顔を隠した。
何やってんだ、オマエ。
いつそんなに可愛らしい仕草、覚えたんだ。
つーかそっちのほうが色気全開って気がついてっか?
まだ入ったままの指をそろりと動かすと、ひくっと体が痙攣し、
せっかく柔らかくなってきてたのがまた収縮しだした。
指はそのまま残し、体だけ上にずらして恋次に重なる。
「何で俺相手にそんな緊張してんだよ、力、抜けよ」
宥めるように耳元で囁くと、うるせーと弱々しい抵抗。
なんだか今日、全然ダメだ、恋次。
身体はこんなに素直なのに無駄に意地ばかり張りやがって。
それじゃ煽ってるのと一緒だぜ。
ますます苛めたくなってしまうだろ?
きつくなってきたのを無視して指を3本に増やして深く突っ込むと、
達ったばかりの身体は過敏なほどに反応した。
上半身は俺が抑えてつけてるから、足が代わりに跳ね上がる。
その足を抱え上げて肩に乗せ、自分の膝を背の下に入れ込んで支える。
大きく高く足を開かせて、目のすぐ前に全部曝け出させると、
それを嫌って恋次は腰を引こうとした。
でも入ったままの指で中を深く穿って、
硬くなっていた陰茎も強く扱いたから、もう恋次は何も出来ない。
顔を相変わらず交差させた両腕で隠すようにしてるけど、
荒い息使いとそれに混じる嬌声で、全部わかってしまう。
「イイか?」
時々指の腹で前立腺を押してやり、亀頭のあたりも先走りを擦り付けて捏ねまわす。
話しかけてももう反応も出来ないぐらいいっちまってる。
ストーブの灯で色に深みを増した紅い髪が振り乱されるその様。
汗の粒が首や身体の刺青に浮かんでは肌を伝い落ち、
髪を塗らして更に紅く濃く染め上げる。
ひくついた喉から吐き出される息は淫に色づき、
俺の指が立てる粘着質な音と相まって更に煽ってくる。
それが全部無意識だというのだから、本当に淫靡だ。
耐え切れず指を抜いて代わりに自分のを宛がい、
孔が収縮する前に一気に半ばまで押し挿れた。
ひぃっと悲鳴に似た声をあげ、恋次が仰け反る。
一気に緊張が身体を走り、後孔もきつく締まる。
俺も痛かったけど、なんとか堪えて恋次の身体を抱きこんだ。
恋次、と繰り返し名前を呼んでも痛みと緊張で聞こえてないみたいだ。
反らされた喉と目の端に浮かぶ涙が痛々しい。
「・・・息、しろって」
呼吸もうまくできてないみたいから、
そっとこめかみの辺り、髪を梳き上げて呼吸を促す。
同時に、萎えてしまったのを揉み解すように扱いてやる。
少しづつ緊張が解けてきた。
陰茎も硬さを取り戻してくる。
でも息は浅く速いままで、胸が忙しく上下している。
強く掻き毟って畳に爪を立てたままだった指をそっと掴みあげて口に含むと、
爪と指の間に入ったイグサの草っぽい香りに加えて、少し塩味がした。
その両手を俺の首にかけさせる。
大きく広げた足の間、軽く揺すりながら腰を進めていくと、
擦れた声がため息に混じって、薄く開かれた唇の間から漏れた。
「大丈夫か?」
問うと眼を固く瞑ったままの恋次が、かすかに頷いた。
傷つけないようにゆっくりと内壁を押し進めるけど、
その締め付けてくる触感と滑りで、俺のほうが気が違いそうになる。
脳髄を直接掻き乱す強い刺激に耐え切れそうにない。
もうもたねー、とつい弱音が漏れると、
さっきまで喘いでいたはずの恋次が少し笑って、
いいぜ来いよ、と言いながら腰を押し付けてきた。
なんだよ、その余裕。
ちくしょう。
せっかく主導権とったってのに、やっぱたった三年じゃ下克上は無理かよ。
一瞬で立場は逆転。
けどそんなことに構っていられるほど余裕がない。
恋次の気だるげな表情が衝動に拍車をかけた。
脳の奥深く沈む本能が全ての支配権を奪い取り、
なけなしの自制はあっという間に吹っ飛んだ。
より深く、より強く。
恋次の足をこれ以上ないぐらい押し広げ、狂ったように打ち付ける。
肌がぶつかる破裂音と、甲高い恋次の鳴き声がどこか遠くに聞こえる。
それぐらい久々の快楽は俺を狂わせた。
そんで、あっという間に頂点が来た。
抉るように深く穿ち、精を思いっきり恋次の中にぶちまけた後、やっと俺は我に返った。
「・・・恋次?」
返事もないし、頬に手をやっても反応がない。
恋次は、自分の腹の上に吐精して、意識を飛ばしていた。
力ない恋次の身体を抱きしめ、
汗だか涙だか分からないものでぐちゃぐちゃになったその顔に口付ける。
まだ半端に硬いのをそっと抜き取ると、
いやに艶っぽいため息が漏れて、俺の理性が届かないところを刺激した。
こんなの、わかってた。
理性とか感情とかじゃない。
もう、脳のど真ん中、生物としての中枢が恋次を求めてたんだ。
他のヤツじゃ絶対無理だ。
俺は、恋次を求め続ける自分を抑えきれない。
ストーブの灯が、濡れたままの恋次の身体を柔らかく照らす。
すっかり力の抜け切った端正な身体の表面、刺青がその存在を主張する。
恋次の口唇は薄く半開きで、中の水分が灯を闇く反射している。
そっと指でその唇に触れると、吐息が切なく零れ落ちる。
このままじゃ寝込みを襲い兼ねないので、
慌ててタオルと布団を持ってきて、恋次の身体を自分の視界から隠した。
カチ、カチ、と古い時計が時を刻む。
一瞬も躊躇うことなく、単調に、でも確実に。
ここで恋次と身体を重ねたのは、いつだったんだろう。
まだあの頃は、恋次と別れることになるなんて思ってもいなかった。
いや、現実から眼を逸らし続けていた。怖くて。
だからその思い出が、一人で此処に住みだした俺を酷く苛んだ。
ややもすれば、酒や女におぼれそうになる自分を支えたのは、
いつか一人前になって恋次に会いに行くというその想いだけだった。
それがこんなに早く、こんな形で叶うなんて。
「・・・大好きだ、恋次」
髪を一束掬い取って口付ける。
この感触、この香り。あの頃と変わりない。
頬に掌をあてると、ストーブの灯で暖められた恋次の頬が熱い。
隣に横になって、布団の下の恋次の身体をそっと抱きしめた。
「大好きだ」
意識してるわけでもないのに言葉が自然と零れ落ちてくる。
なんか、涙でそうな自分が情けない。
「・・・恋次」
「聞こえてるから黙れこのバカ」
目を上げると、いつの間にか目が覚めていた恋次が俺を睨んでる。
ごそごそと布団から腕を出してきたと思ったら、いきなりゴスっと殴られた。
「・・・ッテェ、何すんだ、てめー!」
「そりゃ、こっちのセリフだこのヘタクソ野郎がっ!
一体いつになったらテメーは真っ当なセックスができるんだっ」
返す言葉も無い。
でも。
「でも恋次も全然だめだったじゃねーかよ、人のことばっか責めてんなよ」
恋次が言葉に詰まったから、ここぞとばかりに言い募る。
「セックスは二人でするもんだろ? だったら俺のことばっか責めてんじゃねーよ。
ヘタクソだってわかってるんだったらオマエももうちょっと協力しろ!」
大体、してねーんだから巧くなるわけねーんだよ、と小さな声で愚痴ると、
「・・・ワリィ。テメーだけの所為じゃねー」
そう呟いて、くしゃっと俺の髪を掻き混ぜた。
懐かしい、あの癖。
「恋次っ」
「うわっ、急に抱きつくんじゃねーっ」
止められるか。
ずっとずっとガマンしてたんだ。
大人になった振りして、経験積んだ振りして、ずっと自分を偽ってきた。
オマエを取り戻すために。
でもダメだ。オマエの前じゃ俺、元に戻っちまう。
「恋次・・・・」
「・・・もうわかったから、離せ。な?」
しがみついてた腕を軽く叩かれて見上げると、恋次が優しい眼をして俺を見てた。
「俺もオマエのこと、好きだから」
ヘタクソでもガマンしねーとなぁと掠れ声で付け加える恋次に、
「ヘタクソだけ余計だ。絶対巧くなるからガンガン練習させろ」
と言って、苦笑に歪むその薄い口唇に口付けた。
恋次が俺の首にそろりと腕を廻し、それに応える。
舌が緩く絡みあい、息と唾液が混ざる。
衝動が果たされた後の、独特な気だるさがその味も変えていく。
ゆっくりと、でも繰り返し角度を変えてするキスが、
胸の中を去来する苦い思いを少しづつ融かしていった。
夢中になっていた口付けの後、ふと気がつくと焦げ臭い匂い。
暗闇を煌々と照らすストーブに目をやると、真っ黒になった物体がくすぶってる。
「あ、餅が炭になってる」
「あーーーっ! せっかくの餅が! 今川焼きにして食おうと思ってた餅がぁっ!!」
布団から飛び出してストーブ前、完全に炭化した餅を呆然と見つめる恋次。
色気より食い気かよ。
つーかなんだその元気は。
まだ後一回ぐらい余裕なんじゃねーか?
「いーじゃねーか、餅ぐらい。大家さんとこで餅つきするってたからさ、
炊き立ての食いに行こうぜ? だから今はほら集中、集中」
「つーか何にっ?! 俺の餅はっ?」
ストーブの前、炭になった餅を見続ける恋次の背中に抱きついて、耳を舐める。
「そりゃーオマエ、ナニに」
「もう散々やっただろ? まだやんのか?」
半ば叫びのようなかすれ声を聞きながら、掌を脇から前に滑らせつつ、耳に囁き込む。
「ったりめーだ。三年分、たっぷり練習しないと」
「・・・ってそれ、後回しにできねーの?」
「思い立ったら吉日って言うだろ?」
ちょっとは年寄りの体も労われよ、とため息混じりに呟く恋次を後ろから抱き込んだ。
「労わってるからコレぐらいだろ?
俺の愛はまだまだこんなもんじゃねー。これから覚悟しとけよ?」
何が愛だ、気色ワリィと呟きながら恋次が振り向いた。
その仏頂面に軽く口付け、大好きだと囁く。
「黙れウゼェ。ほんと、後一回だけだぞ?」
渋々といった体で呟いた恋次は俺を見て、そんで真っ直ぐに笑った。
俺はそんな恋次を抱きしめて、ストーブの灯が照らす中、長い夜をゆっくり楽しんだ。
LANDING / 奔流 (「Meaningful」以前の過去話 修恋〜一恋
連載中) >>
<<back