いちしの花
恋次は言葉を失っていた。
自室に座す白哉の背が、あまりにも所在なさげだったからだ。
灯火が細く、部屋全体が薄闇に覆われているせいかもしれない。
そういえばいつもなら明々と篝火に照らされているはずの朽木家も、
今日に限って暗くその身を夜に沈めていた。
もしかして何かあったのかと恋次の背筋を緊張が走り、消し去っていた霊圧が微かに漏れた。
その気配に振り向いた白哉は、だが、いつもの空気を一瞬で取り戻していた。
「どうした。何をそんなところに立っている」
「・・・いや、何でもないっす。すんません」
白哉の存在感が波のように静かに押し寄せてくる。
その霊圧は常と変わらなかったので、ほっと恋次は緊張を息を逃し、後ろ手に障子を閉めつつ膝をついた。
磨きこまれた木と木が擦れ合う音が止むと、ジジジと蝋燭の芯が燃える音がそれに取って代わる。
まだそう遅くはない刻限だというのに、他には何の音もしない。
何の気配もない。
恋次は、白哉の命で屋敷中が息を潜めているのだろうと見当をつけた。
気まぐれなのか、それとも何か他に理由があるのか。
だが白哉はそれを誰にも語らないだろうし、その必要もない。
そして周囲には理由も知らず、問うことも無く、諾々と従う者たちの群れ。
なんという孤独だろうと恋次は内心、ため息を落とす。
こんな風に不条理なことが通るのを、白哉は本当に望んでいるのだろうか。
その日常に一石を投じるのは簡単だし、実際そうしたこともある。
だがそれは白哉の願いと一致するのか?
否定されたこともないが、かといって諸手を挙げて喜ばれたわけでもない。
興味深そうな視線にぶつかり、やがて波紋となって消えるだけだ。
恋次は、決して明かされることのない白哉の胸のうちを察そうとしたが、すぐに諦めた。
そして出来の悪い芝居を演じる大根役者さながら、ただ口をつぐむことでその場をやり過ごすことにした。
根拠はないが、今日はその役割を求められてる気がしていた。
此方へと促す白哉の声に、恋次は膝を進めた。
白哉は静かに掌の中で何かを転がしていた。
その横顔はなぜか笑んでいるように見える。
「・・・隊長、それは?」
「これか?」
普段なら恋次のこのような問いには無言を貫くものを、今日の白哉は機嫌がいいらしい。
素直にその手を開いて、掌に収まっていたものを恋次に見せた。
「・・・・貝がら?」
すっかり目の慣れた薄闇の中、細い灯火を反射して鈍く光っているのは白く合わさった二枚貝だった。
栗ほどの大きさで、同じような色合の白哉の掌の真ん中に収まっている。
どこで入手したものか、ざらついた外殻は特に趣向を凝らしたものにも見受けられず、
朽木家の当主が持つには酷く不釣合いな代物に思えた。
かける言葉を捜すようにまじまじと見つめ続ける恋次の反応に、白哉は目を伏せた。
そして恋次の手を取って開かせ、そこへその貝をころりと落とした。
「そうだな。貴様で試してみるか」
「・・・・?」
戸惑う恋次を他所に、その大きな手の窪みにひっそりと収まる貝を白哉は開く。
するとその無愛想な外側には不釣合いなほど鮮やかな緑が、貝底を薄く満たしていた。
「・・・・これは?」
恋次は眉根に深く皺を寄せ、白哉の眼を見た。
応えるように薄く笑んだ白哉は、薬指を恋次の口内へと忍ばせた。
→いちしの花2
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