「ゆかし七題」/
Fortune Fate
如何にや如何に
本当はアンタ、最初っから企んでたんじゃねえすかと、
いやに確信めいた口ぶりで恋次が問うてきたから、
白哉は視線だけで是と返し、ため息混じりに項垂れてみせたその男の背に手を伸ばした。
傍らにうつ伏せに横たわったままの恋次の背には、見慣れた紋様が走る。
窓から漏れ入る僅かばかりの光のせいで闇に隠れきれなかったのだろう。
はらりと散らばる髪の間、うっすらと肌に浮かび上がっている。
白哉の目には、その様子がいやに扇情的に映った。
閨事の最中より艶かさを増し、また誘ってきているような気さえした。
だから白哉は、その縁にゆっくりと指を這わせて応える。
薄皮一枚の下、未だに熱を篭らせているであろう肌は、当然のごとく震えて返す。
だが、己の体の反応はともかく、
白哉の指の意を察したはずの男は、豪胆にも全てを無視してみせた。
そこに意地というよりはむしろ反抗の意を汲み取った白哉の指は、
依怙地な身体を離れ、代わりに髪を一束、指先で絡め取った。
汗で背に張り付いたままだったそれは水分を充分に含み、ひやりと指に冷たい。
それは恋次の態度そのもののようにも思えたが、
指に絡めて引くときしりと鳴って僅かながらも反応をみせる。
所有主の意思が届かぬだけ余程素直かと、指に巻きつけては流してその滑らかな感触を愉しむ。
恋次は未だに枕を抱き込んで横顔さえも見せずにいるが、気にもならない。
むしろこのまま寝てしまえば静かになっていいとさえ思う。
そうやって遊んでいたのはほんの一時と思われたが、
髪の一束はすっかり乾いて、指の間から滑り落ちてしまった。
まだ湿っている一束を恋次の背から掬い取ってみると、
闇に沈んだはずの恋次の髪は僅かに赤の片鱗を見せていた。
そういえば外は雪であったなと、白哉は開くつもりの無かった唇を綻ばせた。
「企てたというのならば、どこからがその企てか言ってみろ」
「・・・は・・・?」
既にうとうとと眠りかけていたところに問いかけられ、
またその内容が内容だけに寝ぼけ頭には理解不能で、当然のごとく恋次は慌てた。
ほとんど反射で思わず上体を起こしかけたのを、ぐんと髪を引っ張られて、
「イテっ・・・・」
と布団に顔からまた突っ伏す恋次のその無様。
道化染みた所作に、未だ色濃く残されていた情事の余韻はあっさりと消え去ったが、
何事もなかったかのように、白哉は髪の一束を弄り続けている。
「うー・・・・」
恋次は枕に顔を埋めたまま唸った。
唸りながら、眠りに落ちる直前のことを必死で思い出していた。
俺は何と言った?
アンタが企てたんじゃねえかとかつい言っちまったんじゃねえか?
その挙句にあっさりと肯定され、意地になってみたものの、
髪を触られている感触が気持ちよすぎて、許しも無く眠りこけていたのだ。
失態の果てだっただけに血の気が引いたが、横目で盗み見た白哉は怒っているようではない。
さては気づかれてなかったかとほっと胸を撫で下ろしながら、とにかく誤魔化すことだけを考える。
「・・・・・・」
「どうした恋次」
「・・・どこからって言われても」
「言われても、何だ?」
明らかに揶揄を交じえた白哉の声に、
半ばヤケクソになりながらも、恋次は思い返してみる。
この日も、
終業時間が間際に迫っても、残務は終わる気配を見せなかった。
むしろ優先順位の付け方が悪かったのかもしれない。
それに気がついたのはその日の午後。
手際の良さが売りの筈の白哉に不信を感じながらも、
激務に追われて余裕を失くし、唯々諾々と従っていた。
それが悪かったのかもしれない。
日が落ちてずいぶんと経った頃、
ようやく使いに行った先から戻って来たときには隊舎はすっかり静まり返っていた。
また最後の一人かと少々空しくなったが、とにかく今日の分は終わったのだから、
手にした書類を片付けたら、今日こそ一旦家に帰って寝ようと決めて戸を開けた途端、
当の昔に帰宅しているべき白哉がぽつんと一人、執務机についていたのを目の当たりにして、何か嫌な予感はしたのだ。
少なくとも今日も帰宅は無理だという現実と共に。
「えー・・・っと、今日の午後と・・・かじゃ・・・ないんですね・・・・」
白哉の眼に呆れた光を見て取った恋次は、視線を前方へと逃しつつ周囲を見渡した。
そこは執務室の横に準備された当直用の簡易な部屋だった。
二人を覆う布団は上下共に薄く、その名の通り煎餅布団。
とても隊長格に使用されるべきものではないのも当然、これは恋次の私物だった。
平隊員の時分から使用していたもので、何度も打ち直して使っていた。
副隊長就任の折に、副隊長室に備え付けと新品の布団が支給されたのだが、
長年、愛用したものだけに捨てきれずにいたものを、持ち込んでいた。
寒さが凌げて疲れも取れる、ありがたいと重宝していたが、もちろんそれは自分ひとりで使用することが大前提。
間違っても、白哉と同衾するためではない。
普通の男でも嫌がるだろうに、白哉といえば絹の布団しか知らぬ筈の四大貴族の長ときたものだ。
しかも
抱きかかえた枕からどこかすえた匂いがする。
布団自体もむさくるしい匂いがしている。
しかも情事の後特有の残り香も強い。
なのに白哉が身動きするたびに、似つかわしくない香の香りが全てを混ぜっ返して、混乱を更に助長する。
気を使われている当の本人は涼しげな顔で、
横にごろごろと転がったまま、むしろ満足そうに見える。
そのどうしようもない不協和音に恋次は頭痛を覚えた。
嘗て見たことのない無防備な様子の白哉に、何でこんなことになっちまったんだと恋次は頭を抱えた。
やはりどこかから企まれていたに違いない。
そもそも白哉は、己の誕生日が近づくにつれ不機嫌になっていたではないか。
この一連の出来事は、全て白哉の企みではないのか?
ふうと恋次が深いため息をついた。
白哉の眉がびくりと跳ね上がったが、もはや自分の考えに没頭している恋次の視界には入っていなかった。
そのそもこの所、現世における虚と虚圏関係の不穏な動きで激務が続いていた。
六番隊の管轄でも連続して急務に追われ、慌しいことこの上なかった。
しかも尸魂界は常ならぬ雪嵐に見舞われ、通常業務にさえ支障が起きた。
とはいえ、いかに不測の事態であろうと、ここは六番隊。
隊長が隊長であるだけに、きっちりと業務が完了されることが最優先される。
責務のある副隊長は当然のこと、隊員の一人一人が鬼のように職務をこなした。
あの時はまだ良かったんだ、と恋次はどこか遠くを見つめた。
皆が一丸となって、チームワークってやっぱいいよなあと迂闊にも感動さえしていた。
だが本当に迂闊だったのは、業務が一段落したことで緊張の糸が切れ、
溜まりに溜まった疲労も相まって、皆が白哉の労いの言葉を額面どおりに受け取って帰途に着いたという一点。
今日が白哉の誕生日ということが、恋次を含めたほぼ隊員全員の脳裏から消え去っていた。
それは悪かった、と恋次は心の奥深くで認めた。
けれど充分に借りは返したはずだと先ほどまでの出来事を思うと、また反抗心がむくりと頭をもたげた。
ちらりと見遣った恋次の視線に、何か胡乱なものでも感じたのか、
「そもそも貴様は私が何を企んでいたというのだ」
白哉は詰問口調になった。
「何って・・・」
恋次は、アンタ今日、目一杯、約束を破ったじゃねえか、
俺をはめたんじゃねえのかと叫びたくなるのを必死で抑えた。
如何にや如何に2 >>
<<back