現世に来たばっかりの恋次たちは、結構楽しそうだ。
なんかオソロイっぽいつうか、纏まってるつうか、目的ある集団っつうか。
まあな。
義骸とか死神同士だとか共通項だらけだもんな。
なのに俺ってなんか半端。
人間なんだか死神なんだか、それとももっと違うもんなんだか。
ここは俺の世界で、死神軍団の方が異物だってーのに、なんだこの違和感。
足元がふらついてる気がする。
はやてのごとく
「帰りはテメーが漕げよ?」
「へ?俺?」
「ったりめーだ、重いんだよ、テメーみたいな巨体乗っけてっと!」
額の汗を拭いつつ恋次にチャリを指差してみせると、きょとんとマヌケ面。
太陽は中天。
暴力的な直射日光が空から落ちてきて、恋次の顔に濃い影をつくってる。
目や鼻の下にも、隈取を入れたみたいだ。
だから余計、マヌケ面。
「・・・俺、自転車乗ったことねーんだけど」
「まじかよ?!」
「そんなモン、袴で乗れっかよ。つか無えよ、アッチにゃよ!」
「そりゃあそうか・・・。でも現世じゃ必須だぜ?! じゃあ、練習だ!」
「練習ゥ?」
途方に暮れて自転車を睨む恋次みてると、なんかしてやったりって感じで、
仕返しされるって分かってても更に苛めたくなる。
あー、自虐的。
「つうかなあ・・・。義骸に入ったのも初めてでよ。義骸で自転車ってなんか乗り物の二重乗りっつーかなんというか・・・」
「何ビビってんだよ、副隊長だろ、副隊長! つかやっぱりアレか、」
恋次がぎろりと睨む。俺はにやりと笑う。
「年か。冷や水ってやつか。しょーがねーなあ。じゃあほら、理吉ってアイツ呼べよ。若いし、アイツなら大丈夫だろ」
ビキッ。
恋次のこめかみに音を立てて青筋が走る。
いーい感じで今、キレたな? 絶対やるな?
「・・・・貸せっ」
チャリ、ぶん取って恋次は練習を始めた。
うっわー。
俺が言うのもなんだけど、何でコイツこんなに単純。
そんなに真剣になるなよ。落ち着けよ。
テメーほんとに副隊長とかやってんのかよ、あの白哉と一緒によ?
笑いたいのを必死で堪え、あらぬ方向を見て気をそらしているうちに、
恋次がふらふらながらもチャリ漕いで目の前を横切った。
まじかよ、もう形になってんのかよ。
「・・・スゲーな」
「ったりめーだ、舐めんじゃねーぞ副隊長を!」
副隊長は関係ねーだろ、アホ。
つかヤメロ、その得意げな顔。
口笛まで吹きやがって。
可愛いじゃねーか。
欲情しちまうじゃねーか。
真昼間で、家まで遠いってーのに、こんちくしょう。
「・・・うっしゃ! 遠征行くぞ、遠征っ!」
ふらついてる恋次のチャリ、走って追いついて荷台に飛び乗る。ここなら顔も見えねーし。
「う、うおぉっ?!」
「ふらついてんぞーっ! ほらもっとバランス取れ!」
「っていきなり二人乗り無理に決まってんだろ、降りろこのバカっ」
「ガンガン漕げよ、筋肉自慢だろ? 前に進めば、転ばねーぜ?!」
ヤケになったか、恋次はまじでガンガン漕ぎ出す。
スピードが上がり、チャリが安定する。
風が吹き、周りの風景が流れだす。
気持ちいい。
「上手いもんじゃねーかっ」
「ったりめーだっつーのっ」
せっかく褒めてやれば、間髪入れず返ってくる自慢げな声。
テメー、はしゃいでるだろ、ガキだろ。
見上げると光り輝く太陽、紺青の空。それにこの風。
きっとキレイだ。髪、解けよ。
「あ、何してんだ、テメー!」
生憎両手が塞がってるから、恋次は文句ぐらいしか言えねえ。
解いた恋次の髪が、正面から吹き付ける風を含んで靡く。
荷台に座った俺の位置から見上げると、まるで、紺碧の空にたなびく紅い旗。
太陽が透けて見える。
ちくしょう、まじで気持ちいい。
「行けっ、恋次ィッ! 漕いで漕いで漕ぎまくれっ」
「なーにはしゃいでんだ、テメー!」
そういう恋次の声もすっげー楽しそうだ。
「よっしゃー、行くぜーっ!ちゃんと掴まってろよっ」
スピードが更に上がる。
荷台に居ても、風が叩きつけて来る。
景色なんか見えやしない。
真っ白な恋次のシャツと、空の青と、髪の紅。
世界なんて、単純だ。
死神とか、人間とか、俺の中のアイツとか、みんな、くそっくらえ。
立ち止まるからダメなんだ。
走れ、俺。
そしたら転ばねえ。
走って走って走り続けて、疾風の如く、走り抜け!!
「いっけぇーーーっ!」
「叫ぶなウルセェェッ!!」
風の切る音が耳に響く。
恋次の漕ぐチャリの、キイキイ錆付いた音と混じって不協和音。
俺の中のアイツの声ももう聞こえない。
単純なリズムの音に体が自然と揺れだす。
アタマが空っぽになり、
空気に自我が溶け去る一瞬、もう最高!
横に乗り出すと、目の前が開けてるのが見えた。
もうすぐ河原だ。
その先の河川敷まで行って、一休みすればいい。
「恋次、ソコ、右に曲がれよ」
「・・・・・ってどうやって?!」
ちょっと待て。
テメー、曲がれないのかよ、直線だけかよ?!
曲がらないとそこ、強烈な下り坂なんだよ!
でもってその先は直、河原なんだよ!!
「止まれって、恋次!!」
「うぉぉっ?! と、止まんねえ、どうやって止まるんだぁぁっ?!」
そういえばブレーキのかけ方も教えんの忘れた、と気付いたときは遅く、
バカの筋力全開最大漕ぎ+下り坂の威力は凄まじく、まさに転がるように自転車は走り続ける。
「止まれ、ブレーキだブレーキ、その手のとこハンドル、握れってオイッ!!」
「これかっ?!」
「あ、バカ、一気に握るやつがあるかっ・・て、うわぁっ・・・!」
全速力からブレーキ全開。
ものすごい勢いでチャリから投げ出され、 世界が回る。いや、回ってるのは俺たちか。
ああ、死神だったらよかったのに・・・。
宙に投げ出されてた一瞬、そう強く思った。
そして次の瞬間は、乱暴な着地、続いて着水。
ガシャン、ドガッ、ガスッ、ドッボン、ぶくぶくぶくぶく・・・。
そんな擬音の数々が響き渡り、目ン玉中、火花が飛び散った。
「・・・・ってえ、なんだよコレ」
「・・・大丈夫かよ」
恋次はイテテと呟きながらも、ぐるぐると肩をまわして見せた。
お互い全身ずぶぬれ、腰の辺りまで水に浸かってる。
「大丈夫だろ、義骸だし。つかテメーの本体、大丈夫かよ」
「・・・・本体、言うな。大丈夫だ」
「水ン中だったからケガしなくてよかったよな」
「つか車とぶつからなくてよかったよな・・・」
見上げると、河原沿いの道路は結構な車の往来。
俺たちを振り落とした自転車は、河原にグチャグチャになって転がってた。
かなりやばかったか?
「・・・うっわー、濡れちまったなあ」
恋次がブルブルとアタマを振って、髪を絞る。
ほんっと動物みたいだぜ。
「恋次、ホッペタ血が出てる」
「うわ、舐めるんじゃねーっ、見えてんだぞ、俺ら!」
ガスッ。
「いってえっ!」
俺、今度は全身水没。
見えることぐらい知ってるっつーの。蹴るなよそれぐらいで。
舌に残る恋次の血。
義骸なのにちゃんと血の味、イキモノの味がした。
やってらんねえ。
この世はウソばっかりだ。
ウソばっかりのくせ、キラキラとキレイでやってらんねえ。
「あ、おい、一護っ」
恋次の焦ったような声は無視して、水からあがって河原によじ登り、大の字に横になった。
日で焼けた河原の石が背中を焼く。
これならすぐ乾きそうだ。
ようやく登ってきた恋次の顔が不安気だったんで、ぶっ飛ばしたくなった。
ばかじゃねーの。
俺の心配してる場合じゃねーだろ。
目がかち合った。
だから俺は笑って見せる。
「・・・・あー、青春っていいなあ」
「何が青春だ、このクソボケェッ!!」
案の定食いついて、殴りかかってきた恋次の更に上、青い空が眩しい。
だから黒く翳っていく視界を隠すためにも、
アイツの甲高い笑い声にジャマされないためにも、
眼を閉じて、恋次を無理やり引き寄せた。
するとウソの身体は軽く火照って、ホンモノの熱が伝わってきた。
やめるはひるのつき >>
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