オマエはダレだ?

キィキィとガラスを擦るような声で問われ、目が覚めた。

「知らねえな。
 そんなクソみてえな質問をするテメーこそ誰だ」

街灯の差し込む半端な闇に、白い影がゆらりと姿を顕す。

オレはオレだよ、一護だ。

横の一護が目を覚まさないようにそっと半身を起してみると、
ぼんやりとして輪郭も厚みもない霧のような影が宙に浮かんでいる。

「ああ、オマエか。ずっとウロウロしてた一護の影か」

俺の言葉に、白い影が一護の顔を模して笑む。

影、とは穏やかじゃねえなあ。

氷のような息吹と、増す一方の漆黒の重み。
宙に白い霧が凝集していく。
確実に質量を得てきている。

「影以外の何だってんだ、このクソが」

白い影はいつの間にか形を取った手をひらひらとさせ、刀と白い肌を晒す。
力の象徴の大刀と、体温を持たない非生物の証。
明らかにこの現世に属さないもの。
だが、俺と何の違いがある?

俺が影だってよくわかってんな、同類だからか?

俺の心を読んだかのような問いと、明らかに愉しんでいる口調にイラつく。

「別に俺はテメーみたいな半端な影の同類になった気は無えぜ?」

罠に嵌ったことを感じながらも俺は反論する。

俺が影なら、テメーも影だろ?

白い影が嘲笑う。
いや、今はもう影には見えない。
全てが無彩色なだけで、一護と変わりゃしねえ。

「俺は俺だ。影じゃねえ。
 テメーは一護の影だ。さっさと消え失せろ」

金属的な嘲笑が耳を劈く。

じゃあ、オマエは何だ?
影じゃなかったらオマエは何だ?
死神? 神を名乗っちゃあいるが、人間に寄生する影だろう。
レンジって言ったか? 名前があるだけで意味もねえ。
ロクな力もねえ、只の屑だ。


くつくつと喉を震わせて愉快そうに嗤う。
かっと見開いたその眼はどす黒く、中央で虹彩が白く強く煌く。

ああ、俺は影だ。
でもすぐに本体を、一護の野郎を乗っ取ってやる。


青黒い舌が、狂気と共に覘く。

でもオマエには乗っ取る本体がない。
哀れだなぁ。
消えていくだけの、哀れな影。


カッと頭に血が上る。

「勝手なことばっか抜かしやがって。さっさと消えやがれ、このクソが!」

白い一護は嗤い続ける

足掻いても無駄だぜ?
テメーは所詮、影だ。
一護の、俺の本体に照らされて出来ただけの。


嗤いを消し、寝床で眠りにつく一護を指差す。

コイツが消えるとき、影も消える。
俺は光そのものになる。
俺が力だ。一護じゃねえ。
テメーみたいなカスはいらねえ。


優越感に満ちた笑み。
その恍惚とした表情。

コイツは狂ってる。
いや、狂っているのは一護か。
コイツは一護の一部だ。
分離して、より純粋になった一護の本質。

だから俺のくつくつと喉が痙攣しだす。
笑いに似た音を吐き出しながら、喉が引くつく。

何を笑っている?
消えるのがそんなに楽しみか?


白い一護が苛立ちを見せた。
だから俺はニッと嗤ってみせる。

「ああ、楽しみだな。消せるのなら消してみろよ」

そして夜空に煌々と輝く月を指差してみせる。

「影の無い光を創れるもんなら創ってみろ。
 出来ねえんだったら月も太陽も葬り去って、全てを闇に塗り替えてみろ。
 そう簡単には消せやしねえ。
 俺だけじゃねえ。 一護も相当しぶといぜ?」

白い一護が同じく外を指差す。
だがその指が指し示すものは虚空。闇に色付く空虚。

焦るなよ。
すぐだ。すぐにテメーも一護も、あの闇に溶けて消える。
テメーらにゃソレが似合いだ。
すぐに俺が消してやる。
だから待ってろ。


微笑と呼べるほどの穏やかな表情を浮かべたまま白い影はブレて消え、
代わりに太陽の色を纏った子供が目を覚ました。

何だ、起きてたのか、と目を擦りつつ無邪気に問いかけてくる一護を残し、俺は寝床を滑りでた。
窓を開けると、夜の湿った空気が部屋に流れ込んでくる。
見上げると月は、朝日の前に光を失いつつある。

もう夜明けが近づいていた。




蒼の旋律>>

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