ツンデレラ 2
さて、あっという間に舞踏会当日になりました。
特別仕立てのシルクの死覇装で飾り立てた三人を連れて、お父さんも引率で一緒に出かけて行きました。
馬車が角を曲がり、お父さんの髪につけられた鈴の音が聞こえなくなると、
恋次さんは、ふう、とため息をついて玄関の鍵を閉めました。
「あ〜あ、やっと終わったぜ」
広い屋敷に一人っきり。
いつも必要以上の騒音に溢れた屋敷は静まり返っています。
鈴の音が消え去ると同時に屋敷の外、十一番街のあちこちでは騒ぎが起こり、
火の手も上がり始めましたが、そんなの恋次さんの知ったこっちゃありません。
「さて、今日はもう寝るか」
恋次さんは指先の血をペロリとなめて、呟きました。
弓親さんの鉄血指導を受けながら連徹で縫製作業にいそしんだため、指先は赤くひび割れていたのです。
肩を回すと、ぐきっと音がしました。
慣れない細かい作業を続けたので肩もこりまくりです。
「なんか、疲れたなあ・・・」
でもとにかく、今夜だけはのんびりゆっくり熟睡できそうです。
いつもは夜更けまで、運が悪ければ夜中も叩き起こされて、
衝動的な鍛錬や掃除や外出に付き合わされたりするのですが、
今日はささやかながら静かな自分の時間が持てます。
恋次さんは、そんな小さな幸せを嬉しく思いました。
「なんか、こういうのも本当に久しぶりだなあ」
恋次さんは屋根裏部屋で粗末なベッドにごろんと転がり、斜め天井の小さな窓を見上げました。
月の光が差し込んできて、恋次さんの部屋を明るく照らします。
「あ〜あ。みんな、いいモン食ってるんだろうなあ。
鯛焼きとか一杯あるんだろうなあ。食い放題だろうなあ」
恋次さんの貧弱な妄想の中に、鯛焼きてんこもりの山が浮かびました。
筋肉質なので燃費が悪く、いつも腹ペコの恋次さんのお腹がぐぅぅと音を立てました。
誰もいない家に置いてきぼり。
肩も凝ってるし指から血も出てるし、お腹もペコペコ。
普段あまりモノを考えない恋次さんでしたが、なんだかとっても惨めな気持ちになりました。
その途端、月の光が丸く差し込んだ床の上にポンっと大きな音を立てて煙が立ちました。
「うぁっ?! な、なんだ?!」
煙の中には人影らしきものが蠢いています。
「ぶほっ、げほほっ、なんだよこの煙!!」
「ごほごほっ」
自分たちの巻き起こした煙でひとしきり咳き込んだ後、
その人影は恋次さんを指差しつつ言い争いを始めました。
「っておい、なんだよコイツ?! 本当にコイツかよ? 全然不幸そうじゃねえぞ?!」
「だまれ! 貴様にどうこう言われる筋合いは無い! コイツで間違いないと出ておるのだ!!」
「つかその機械、まちがってばっかりじゃねーかよ?!」
「ネェサン、ひどいっすよ! ぜんっぜん盛りが無ーっすよ!」
「喧しい!私のせいではないわっ」
「イタイッ! イタイッス、ネエサンッ!!」
どうやら声からすると3人はいるようです。
呆然としていた恋次さんも、やっと正気を取り戻しました。
「オイっ! テメーら、他人の部屋で何やってんだっ?!
大体、部屋の主を無視すんじゃねーっ!!」
大小二つの人影はようやく恋次さんの方を向きました。
大きい方、といっても恋次さんよりはずいぶん小さいのですが、
ヤケに派手なオレンジ色の髪のものすごくふんぞり返った青少年が突っ立っています。
「なんだ、テメー。もっと感謝しやがれ!」
一体何にだよ? 不法侵入にかよ?とツッコミたくなりました。
「オイコラなんだァ?ガンつけてんじゃねーぞ、この超貧乳!!」
オレンジ頭の肩にはなんだかヤケに薄っぺらいヌイグルミが陣取り、これまたきぃきぃ声で威張っています。
どういう仕組みで動いているのか、とても気になります。
そういうタイプには見えませんが、このオレンジ頭の腹話術でしょうか。
「全くだ。貴様、そのような口をきいていいと思っているのか」
その横で、更に威張った黒髪の少女が偉そうに大声を立てました。
しかし、この威張り具合といいこのサイズといい、見覚えがあります。
「ってオイ、ルキアじゃねーか?!」
えばりんぼ少女が、大きい目を更に大きくして見上げてきました。
でもそっくり返りすぎて今にも後ろに転びそうです。
「・・・貴様、恋次・・・! 阿散井恋次か?!」
「イィエーーーーッス!!」
オイ、なんで英語なんだよというオレンジ頭のツッコミは無視して、
恋次さんはしゃがみ込み、ルキアと呼んだ少女の肩をつかんで揺さぶりました。
「なっつかしいなあ! 元気してっか?」
「当然だ! 貴様こそ元気にしておるのか!」
「おう!でもテメー、なんかぜんっぜん成長するとこしてないけど、ちゃんと食わしてもらってるのか?」
「喧しい、余計なお世話だっ! 貴様こそ節操無く背ばっかりガンガン伸びおって!!
大体なんだそのオモシロイレズミ眉毛は?!」
「面白いとは何だ、面白いとはっ!! カッコイイといえ!」
突然始まったツッコミ大合戦に呆然としていたオレンジ頭とヌイグルミは、顔を見合わせました。
そして一大決心し、会話に割り込みました。
「あのぉ〜〜」
「何だぁっ?!」「喧しいわっ」
言い争いをしていた二人は鬼の形相で振り向きました。
なんだよ、コイツら知り合いじゃねーのかよ、と思いながらも、
「時間、あんまりねえぜ?一体どうすんだよ」
オレンジ頭はそう言って時計を指差しました。
時計は既に7時を指していました。
恋次さんと運命の再会を果たした、えばりんぼ少女・ルキアとその一団の正体は?!
そして運命の波に翻弄されだした地味派手メイド・恋次さんの行く末はいかに?!
そんなわけで、>> ツンデレラ 3 へGO!
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